sept
「……魔女だ」
魔女。悪魔と契約を交わし、おぞましい力を手に入れた、人々に害をなす存在。
「お姉さんの中に、魔女がいる」
そうだ。姉が不思議なことを言うのは、全て魔女の仕業だ。魔女が悪魔を唆して、彼女に甘い言葉を囁いたのだ。
「か、カトリーヌ……?」
「お姉さんが聞いたのは、神様のお声じゃない。悪魔の言葉だよ」
ああ、なんて簡単なことだ。理解できないのも当然、悪魔の甘言だからだ。
「そ、そんなことない! あれは間違いなく、神様だったわ!」
「神様? 違う。神様のふりをした悪魔だ。そうだ、悪魔の仕業だ。そうだそうだそうだ……」
魔女に堕ちた人間を見たら、一体どうするべきか? 決まっている。魔女は悪だ。そして、悪は滅ぼされる運命だ。
「う、うそ……。待って、カトリーヌ!」
「魔女め、悪魔め!! 私のお姉さんから離れろ!!」
――次の瞬間、身をよじって逃げ出すジャンヌ。カトリーヌは雪に埋もれかけた太い木の枝を掴み、必死で姉の姿を追った。
「違うの、違うのよ!! お願いだから、落ち着いて!!」
「うるさい、この悪魔が!! 私のお姉さんを返せ!! 返せ返せ返せぇぇぇぇぇ!!」
運動には自信があった彼女は、猛烈なスピードで雪道を駆け抜け、あっという間に姉の背中を押し倒した。震える肩を押さえ、美しい金髪を乱暴に殴る。
「い、いやっ!! 止めて!!」
「お姉さん、目を覚まして!! 悪魔に心を奪われてしまう!!」
――ただの田舎娘が、救世主になどなれるはずがない。愚直に信じてしまったら、行き着く先は神の下ではなく、魔女と悪魔の血塗られた茶会に決まっている。
「い、たい……! かと、りー、ぬ……!」
「お願い、お姉さんを返してっ!! 私のたった一人の、大切なお姉さんなの――!!」
白い雪に、赤い鮮血。ジャンヌの目は次第に光を失い、抵抗する腕は徐々に力を手放した。
「あ……、ゔ……」
……幼いカトリーヌには、力の加減が分からなかった。はっと我に返ったときには、すでに姉は姉ではなくなっていた。頭を赤く染めた、原形のない肉塊。
「はぁっ……、はぁっ……」
過呼吸気味に息を吐く内に、彼女は自らのおこないを理解した。……が、不思議と罪悪感は芽生えなかった。悪魔の声を聞いた者は、きっとこうなる運命なのだ。そう、これは仕方のないことだ。そう思わなければ、心が張り裂けてしまいそうだった。
「お姉さん……。これで、悪魔の声は聞こえなくなった……?」
当然、返事はない。答えを返してくれたのは、冷たく吹き抜ける北風だけ。
「あ、あはは……。お姉さん、返事してよ……」
静寂とともに訪れる、深い寂寥と物悲しい空白。……後悔はない。神に擬態した悪魔のせいで、自分は唯一の姉を失ってしまった。ただ、それだけだった。
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