deux

 簡素なテーブルを囲み、食事前の祈りを捧げる。それが済んで、各々がパンに手を付け始めた後も、カトリーヌの気分は全く収まらなかった。

「どうしたの、カトリーヌ? どこか具合でも悪いの?」

「ち、違うわ、お姉さん。少しぼうっとしていたの」

 ……彼女の顔を覗き込む、宝石のように美しい碧眼。まばゆいばかりの金髪は、腰のあたりにまで掛かっている。

「ぼんやりしているようでは困るな。今日はカトリーヌにも手伝ってもらう必要がある。もちろん、ジャンヌにもな」

「もちろんよ、ジャン兄さん。私にできることがあったら、何でも言って」

 次男のジャンに笑みを返す、端整な顔立ち。その笑顔には、嘘偽りなどあるはずもない。現に、カトリーヌ以外の他の家族は、誰もジャンヌの存在を疑っていなかった。その事実も実に不気味で、彼女は密かに身震いする。

「さっきから、ずっとこの調子なんだよ。忙しい時期だってのに、困った娘だねぇ」

「大丈夫。きっと、何か悩んでいるのよ。私が話を聞いてあげるわ」

 隣で元気に話す姿も、ポンと肩に置かれた白い手も、その全てが本物だ。温かい体温に、滑らかな呼吸。幻影でも空想でもなく、ジャンヌは本物の人間だった。

「カトリーヌ。ご飯が終わったら、私と少しお話ししましょ? 近くのお花畑に行って、私に悩みを打ち明けて」

「う、うん……」

 動揺する気持ちを抑えながら、カトリーヌはぎこちなく首を動かした。姉は……、こちらに微笑み掛けている、死んだはずの人間は、一体何者なのだろうか?

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