第32話ルリエッタ、閃光に散る

「ついに帝王が出て来た……」「こりゃ終わったなぁ」「ま、元々見学のつもりだし」


 こっちも年齢は俺と同じくらいか。

 観戦者たちのざわめきを背に、帝王と呼ばれる男は堂々とした歩みでやって来て――。


「…………」


 そっと、粘液を避けた。

 ああ、惜しい!


「スピカちゃん……」


 一方雪村は、倒れたままのスピカを見つめてる。


「これで一撃必殺はなくなった。あとはこの帝王アーヴァイン自らが、お前たちに引導を渡してやろう」


 深紅の剣を手に、宣言する帝王。

 これもまた、強キャラしか言わないセリフだ。


「……雪村、後はお願い」

「任せて」


 遺言と共に消えていくスピカ。

 それを見送った雪村は、ゆっくりと振り返った。


「来るか、忍よ」


 その両手に、しっかりと忍刀を握り締めて。


「ぽむぽむ流上忍・四条雪村…………参る」


 駆け出した雪村は、そのまま忍刀による連撃を放つ。

 これを見事に受けてみせた帝王が、反撃に放つ横なぎ。

 雪村もこれを当然とばかりに後方への跳躍で回避。

 空中からクナイを乱舞する。

 いくつかが帝王の身体に当たるも、ダメージは軽微。

 着地と同時に駆け出す雪村に、先行して帝王が剣を振り上げる。

 これを受けた雪村は、大きく弾かれた。

 帝王は一気に距離を詰め、深紅の剣で雪村を両断する。

 その場に倒れ込む雪村――その姿が消えた。

 分身か!

 次の瞬間帝王の背後から現れた雪村が、忍刀を刺しに行く――!

 これは決まった!

 しかし次の瞬間、キーン! と激しい音を立てて帝王がこれを防いだ。


「そんな……ッ!?」

「オレがどれだけの対人戦をこなしてきたと思っている? それは忍者とて例外ではない」


 大きな斬り払いで雪村を下がらせると、帝王は強気の笑みを浮かべた。


「お前の弱点はすでに把握している。さあ今度は――――オレの番だ」


 紅の剣を手に襲い掛かって来る帝王。

 圧倒的なレベル差があるだろう相手の放つ連撃を、雪村は全力で回避する。


「やるではないか、忍者ロールプレイのわりには」

「ロールプレイじゃないよ! 本物なのっ!」

「誇るがいい。オレを相手にここまで戦えたことを。だが、それでも我が勝利は揺るがない」


 早い踏み込みから放たれる雪村の攻撃を斬り払い、帝王がスキルを発動する。


「壱の剣――焔走り」

「ッ!!」


 帝王の振るった横なぎが、炎の波紋を巻き起こす。

 これを雪村は決死のジャンプでかわす。


「弐の剣――紅蓮灯火」


 振り下ろした剣の切っ先が地に刺さり、炎の柱が突き上がる。

 これも雪村は、着地と同時の横っ飛びで回避する。


「そして、参の剣――――灼帝剣!」


 三連続の範囲攻撃!

 帝王を中心に、壮大な爆炎が巻き起こる。

 軌道も範囲も、発生速度も違う三連続の範囲攻撃スキルって、とんでもねえな!


「ッ!!」


 おお、これも避けやがった!

 怒涛の範囲攻撃を前に、見事としか言いようのない回避を決める雪村。


「うっ!」


 しかし無理な体勢での回避が、足を滑らせた。

 雪村はその場に思いっきり尻もちをつく。


「これが、帝王の力だ」


 アーヴァインはすでに、眼前に迫っていた。


「さあ、潔く仲間の後を追うがいい」

「くっ……!」


 その言葉に、悔しそうに唇をかむ。

 雪村はもう【多重影分身】でMPのほとんどを使い切ってる。

 さすがにこれ以上の戦闘は不可能だ。

 …………そして俺は、覚悟を決める。


「オレの、勝ちだああああーっ!!」


 煌々と輝く剣。

 盛大なエフェクトと共に、帝王が雪村に斬りかかる!



「――――それはどうかな」



「な……にっ!?」


 確かにトドメを差したはずの雪村が突然消えて、帝王は驚愕する。

 雪村に代わって爆炎の中から現れたのは、一人の冒険者。

 そう、俺だ!

【変わり身の術】で雪村の代わりに受けたダメージは、俺のHPを大幅に上回る。

 それでも、倒れるには至らない。

【食いしばり】によって、どれだけ大きなダメージを喰らってもHPは1残る。

 そしてHPが1になることで、【窮鼠猫噛み】が最高の状態で発動。

 全てのステータスが急上昇したところで――。


「大魔神斬り」

「なっ、足が……動かない……っ!?」


【大魔神斬り】は回避を許さない。

 またどれだけ相手の防御が厚くても、クリティカルはそれを無視してダメージを叩き込む。

 さらに! 遺跡を出た時にスピカにかけてもらった占星術【幸星・レグルス】によって、本来50%のクリティカル発生率も上昇中!

 冒険者が持つには高すぎる攻撃力を誇る、霊角の短剣を掲げた俺は――。


「さあ、勝負だ帝王ォォォッ!」

「一体、なんだというんだ! この凄まじい迫力はああああ――――ッ!?」

「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」


 全部乗せの大魔神斬りが、気持ち良すぎるSEと共にド派手なライトエフェクトを巻き起こす。

 誰もが息を止めて見守る中、帝王はガクリとヒザをついた。


「このオレが……冒険者に敗れたというのか……」


 その顔を驚愕に呆けさせたまま、粒子となって消えていく。


「やった……! やったぞ!」

「翔太郎くん!」


 雪村が歓喜の声をあげる。


「見てたかルリエッタ!」

「ヤッタナ、ショウタロウ」

「ロボになってる―!」


 そうだった、早く電池を交換しないと。

 電池切れで片言状態になってるルリエッタに、岬の遺跡で手にした予備電池を入れる。


「よし、引き上げるぞルリエッタ!」

「了解だー!」


 まさかの逆転劇に茫然とする観戦者たちに、すでに戦う意志はなし。

 この隙に俺たちは山林へと駆け込んでいく。

 自らバトルロワイアルに参加しておいて、山へ駆け込むプレーヤーなんていないだろうからな。


「見事に全部使い切っちまったな」

「本当だね」

「だが、狙い通りだ!」


 そう、実はここまでの流れはおおよそ目論見通り。

 とはいえスピカは倒れ、雪村のMPもルリエッタの予備電池もない。

 よって帰りは、とにかく安全第一だ。

 ここからは雪村に先導してもらい、モンスターを避けつつ慎重に歩を進めていく。


「煙が見えたよ!」


 やがて木々の隙間に、見覚えのある細い煙が見えてきた。


「よかった……どうにかなりそうだな」


 長い緊張からようやく解放されて、俺たちは安堵の息を吐く。

 すると雪村が突然、ビクッと身体を震わせた。


「――――逃げて!!」


 そう叫んだ直後、突如として上がる壮絶な火炎。

 雪村が、炎と共に崩れ落ちる。


「なんで!? 一体誰がッ!?」


 その問いに応えるように、茂みから出てくる巨体。

 魔法を放ったのは、イノシシの化物だった。

 オークキングは俺たちを見つけるや否や、猛然と走り出す。


「ルリエッタ!」

「ふぁいあ!」


 放つは俺たちに残された最後の武器、バズーカ。

 しかしオークキングは、手にした斧で砲弾を弾き飛ばした。


「「うわああああああああ――――ッ!!」」


 広がる森の中を、ルリエッタと二人全力で駆け抜けて行く。

 怒涛の勢いで追って来るオークキング。

 俺たちはとにかく逃げて逃げて逃げまくって、そのまま木の陰に身を潜めた。


「はあっはあっはあっ。なんだよあいつ、最悪のタイミングで出てきやがって!」


 俺たちの姿を見失ったのか、オークキングは辺りをキョロキョロしてる。

 だけど不運はそれだけじゃない。


「足はあいつの方が早いし、とてもじゃないけど戦って勝てる相手じゃない。これは……最悪の状況だぞ」


 絶体絶命のピンチに、思わず乾電池を握り締める。

 ロボの待つ家は、もう目と鼻の先だってのに……。


「このままじゃ、見つかるのも時間の問題じゃねえか」


 聞こえてくる荒々しい足音。

 オークキングはいよいよ、目と鼻の先まで迫っていた。

 全滅は、避けられそうにない。


「……どうやら、ここまでのようだな」


 すると、突然そう言ってルリエッタが振り返った。

 その翠色の目で、真っすぐに俺を見上げてくる。


「――――わたしが、アイツを引き留める」

「引き留めるって、どういうことだよ」

「だからその間に……翔太郎だけでも逃げてくれ」


 向けられる、真剣なまなざし。


「そんなの一人じゃ無理だ。それに、ルリエッタを置いてくなんてできねえよ」


 そう言うとルリエッタは、ゆっくりと首を振った。


「行かせてくれ。友達のために命を張る……これが最高にカッコイイんだ」

「…………?」

「なんだ、忘れてしまったのか? 翔太郎が言ったんじゃないか。これが最高にカッコイイって」


 友達を守るために、命を張る……?

 これが最高にカッコイイ……?

 ちょっと、待てよ。

 不意に、古い記憶が脳裏に浮かんでくる。

 銀色の髪をした、一人の少女の姿と共に。


「…………まさか、あの時の……!?」


 確かルリエッタは自己紹介の時にHMXX-18って……そうか、そういうことか!


「ルリエッタ、お前……エイティーンだったのか!」

「気づくのが遅いぞ、翔太郎」


 ルリエッタはそう言って、「まったく」と怒ったフリをしてみせる。


「……また一緒に遊べてよかった。やはり翔太郎と一緒なら、全てが楽しいな」


 そう言って見せる、屈託のない笑み。


「心配するな、すぐに追いつくさ。だから……」


 ルリエッタは一度うなずいてから、俺の肩をトンと押した。そして。


「ここはわたしに任せて、先に行けぇぇぇぇー!」


 そう言い残して、オークキングへ向かって走り出す。

 ……覚えてる。

 このやり取りも昔、二人で遊んだ時のものだ。

 でも、なんだ?

 さっきからずっと、何かが引っかかり続けてる。

 この良くない違和感は、一体なんだ?



『自爆もできるぞ! リスポーンはできないが――』



 そうだ……この流れは自爆への展開。

 ルリエッタは【自爆】したらリスポーンできないって言ってたじゃねえか!


「待て! ルリエッタ!!」


 思わず叫び声を上げる。

 しかしルリエッタは止まらない。


「このまま帰って来ないとかなしだぞ! 今度は世界を駆け回って遊び尽くすって約束したよな!? まだ、まだ全然足りてねえぞ!!」


 振り返ることもせず、オークキングに真正面から突撃して行く。


「ルリエッタ! ルリエッタァァァァァァァァァ――――ッ!!」


 そして壮絶な爆発と共に、その身体は跡形もなく消し飛んだ。

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