第19話賢者と遺跡

「私はスピカ」


 酒場を出ると、紺色のローブをまとった少女が名乗りをあげた。


「クラスは賢者」

「おおー! 賢者はたった三人しかなれないレア職だぞ!」


 かき氷頭痛から立ち直ったルリエッタが声をあげる。


「そりゃすごいな。でも俺、見ての通り冒険者なんだけど役に立てんのかね?」

「問題ない」

「見つけたクエストっていうのはどこにあるんだ?」

「遺跡」

「……遺跡?」

「付いてきて」


 そう言って歩き出すスピカ。

 プライド高そうな目つきしてるわりに、意外と淡々としてんなぁ。

 俺たちは簡単な自己紹介なんかをしながら、賢者のあとに続くことにした。


「ここ」


 たどり着いたのは、岬の先端だった。

 海風に揺れる草原の中に、角の丸くなった石柱がいくつも並んでる。

 なるほど、遺跡だな。


「なんだか雰囲気あるね」


 長らく放置されてるんだろう、紋様の薄くなった石柱を雪村が興味深そうに見つめる。

 すると12歳くらいの、メガネに白シャツの少年が駆けて来た。


「助けてください!」

「どうしたの?」

「先生が遺跡に飲み込まれてしまったんです!」

「問題ない。そのために四人で来た」

「本当ですかっ!?」

「これで五人そろった。救出に向かうことができるはず」

「ちょっと待て、何の話だ?」


 淡々と話を進めるスピカに待ったをかける。

 すると少年が説明を始めた。


「ボクの先生は『月の民』と『大地の民』の研究をしているんですが、発掘中に遺跡の中に閉じ込められてしまったんです」


 なんか、知らない言葉が出て来たぞ。


「正しい形で遺跡に入るには、このオーブをホロスコープにはめ込んだうえで、五人が五芒星を描くように並ばないといけません」

「なるほど、パーティでの参加が必須のクエストってわけだな」


 スピカはこくりとうなずいた。

 要は、この遺跡へ入るための人手が足りなかったと。


「では皆さん、星を描くような形で立ってください」


 見ればすり減った石床には、かすかに魔法陣みたいな模様が彫り込まれている。

 俺たちが該当箇所に立つと、少年はその中央の金属部分にオーブをはめ込んだ。


「では、いきますよ」


 そう言って少年が、五芒星の頂点に乗ると――。


「おっ、動き出したぞ」


 ゴリゴリと音をさせながら、石床のホロスコープ部分がゆっくりと沈み出した。

 それに合わせて、石壁に刻まれた幾何学模様もじわりと光りだす。


「なあ、月の民とか大地の民ってなんだ?」

「はい。かつてこの世界に月からやって来たのが月の民。先住民族が大地の民です。世界は両者の戦争によって滅んだと言われています」


 そういうことか。

 世界観はまだ、なんとなくしか読んでないんだよな。

 ついついゲームのシステムとか、スキルの発見情報ばかりに目がいっちゃって。


「僕はその歴史や遺跡なんかを、先生のもとで学んでいるんです」

「なるほどなぁ」


 ゆっくりと地下へ降りていく俺たち。

 するとホロスコープ中央にはめ込まれた円形の金属板に、文字が浮かび上がってきた。


「古い時代の言葉ですね。このくらいなら読めますよ」

「マジで? 頼む」

「ええと、以下の数字の並びにおいて、抜けている数値の和を答えよ。さすれば汝らに『鍵』を与えん」

「抜けてる数値の和? 何の話だ?」

「ええと『2.3.□.8.□.21』と書かれています」

「……問題を解けってことか」


 おそらく『鍵』ってのは、今後の攻略に役立つアイテムだろう。


「ええと、これは――」

「待って翔太郎くん! ここは私に任せて!」


 さっそく問題に取り掛かろうとした俺を引き留めたのは、雪村。


「ぽむぽむ流は身体能力だけじゃないってところを、皆に見てもらいたい!」


 そう言って雪村は、意気揚々と問題に取り掛かる。


「制限時間があるっぽいから、早めにな」

「まかせて!」


 少年も否定しない。

 やっぱり金属板の上で動いてる二桁の文字は、残り時間か。


「雪村」

「もうちょっとだから、待って」

「おい、雪村」

「もう、急かさないでよ」

「……雪村ってば」

「もー、急かさないでよー。どうせ翔太郎くんだって分からないんでしょう?」

「いや、18だよ」

「え?」

「答えは18だ」


 俺の解答を少年が金属板に指で描く。

 すると金属板がにわかに光り、盤上に一つのオーブが現れた。

 これ、手前の二つの数を足したものが次の数値になってんだよな。

 だから□には入るのは5と13。

 求められてるのは二つの数を足した数だから、答えは18。


「これが……鍵?」


 オーブの内部には、何やら見慣れない紋章が埋め込まれてる。


「まだ終わってないみたいですよ」


 紋章をルリエッタとのぞき込んでいると、今度は金属板がせり上がってきた。

 この円盤は、金属柱の表面部分だったのか。

 腰の高さまで伸び上がった金属柱の上部に現れた、二つの金杯。

 そして柱を一周するように刻まれた溝から、水が流れ出す。


「少年、翻訳よろしく」

「はい。ええと……二つの金杯にはそれぞれ3ディール、5ディールの水が入る。この二つの金杯を使って、金属板に一度で4ディールの水を捧げろと書いてあります」

「これなら分かるよ!」


 そう言って雪村が勢いよく手を上げた。


「……大丈夫か?」

「任せて!」


 得意げな顔で二つの金杯を手にした雪村は、さっそく5ディールの杯に水を貯めていく。


「この5ディールの水を3ディールの方に入れて、あふれる2ディールを二回で……これだと一度で4ディールにならないね。3に入れた水を5に入れれば2足りないから……あ! そうか! 3の水を5に二回入れれば1ディールあふれるから、それを四回……じゃなくて、5と3をいっぱいにして合わせて8、それを半分にすれば……分からないっ」


 二つの金杯を手に、白目をむく雪村。


「水はあふれさせるんじゃなくて、捨てればいい」


 すると、スピカがぽつりとつぶやいた。


「なるほどな。まず5ディールの金杯に水を入れて、と」


 俺は雪村から取り上げた5ディール杯に水をため、空っぽの3ディール杯に移す。

 そうすると5の杯には、2ディールの水が残る。


「3の杯は中身を捨てて、5の杯に残ってる2ディールをもう一度3の杯に注ぎ込む」


 これで空っぽの5ディール杯と、2ディールの水が入った3ディール杯のできあがり。


「もう一度5の杯に水を注いで、1ディール分空いてる3の杯に水を注げば――――5の金杯に4ディールの水が残ると」


 スピカとルリエッタが「問題ない」と首肯する。

 5ディール杯に入った水を金属板にかけると、オーブが現れた。正解だ。

 ルリエッタと金杯で乾杯すると、またも金属板に文字が現れた。


「読みますね。ここにある13枚の金貨の中に偽物が1枚ある。天秤を3回だけ使って偽物の金貨を見つけ出せ。偽物の金貨は本物よりわずかに重い」

「は、はいはいはーいっ! これなら分かるよ!」

「雪村」

「お願い! もう一度、もう一度だけ汚名返上のチャンスをちょうだい! おねがいだよーっ!」


 そう言って雪村は、半泣きでしがみついてくる。


「一応聞いておくよ。どうすんだ?」

「偽物の金貨を見つける方法は、水のあふれ方で確かめるんだよ! だからさっきの水を使ってあふれた量で…………ごめんなさい」


 白目をむく雪村。

 もう、水は出ていなかった。

 そもそも問題文に『秤を使え』って書いてあるんだよなぁ。

 ……とはいえ。


「これ難しくね? いくつか頭の中で考えてみたけど、3回じゃ全然足りないぞ」


 俺がそう言うと、スピカが天秤の前に立った。


「分かんのか?」

「見てて」


 そう言ってスピカは1枚だけ金貨を手に取って、残り12枚を天秤の左右に6枚ずつ載せた。


「偽物以外の金貨は重さが同じだから、秤に載せなかった1枚が偽物なら天秤は均衡する」


 しかし天秤は、右側に傾いた。


「偽物は、右側の6枚の中にある」


 偽物は重い。だから偽物のある方に天秤が傾いたわけだな。

 次にスピカは、偽物を含んだ6枚を3枚ずつ天秤の左右に載せた。

 天秤が左に傾く。


「偽物は、左側の3枚の中にある」


 なるほど、それはそうだな。

 でも最後はどうするんだ?

 天秤の使用回数は残り一回。金貨はまだ3枚あるぞ。

 ……いや、待て。

 スピカは天秤の左右に1枚ずつ金貨を載せる。


「これでどちらかに傾けば、下がった方が偽物。そして――」


 揺れる天秤は、平衡を保っている。

 そうか! そういうことだな!


「傾かなければ……天秤に載せなかった1枚が偽物」


 スピカは手に持っていた金貨を指で挟み、金属板の上に置く。

 するとすぐに、三個目のオーブが出てきた。


「こりゃすげえな!」


 こういうのを一発で正解するのって、『賢者』っぽくてカッコいい。


「…………もう、穴があったら隠れたいでござるよ」


 一方雪村はそうつぶやいて、俺の背に隠れる。


「入りたいじゃなくて、隠れたいなんだな。すげー忍者っぽい」

「すみません……一応、忍者の方やらせていただいております……」


 さすがに三連発は恥ずかしかったのか、いよいよ顔を赤面させる雪村。

 こうして三つ目のクイズが終わると、足場の下降が止まった。

 目前に現れた扉が、ゆっくりと開いていく。


「博士!」

「おお! 来てくれたか!」


 駆け出す少年の行く先には、博士らしき人物の姿。

 その足元には、さらに大きなホロスコープが描かれていた。

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