第13話生意気少女にケンカを売ったら本物が出てきたでござるの巻
「多重影分身は、渡さないよ!」
二人組の少女の前に駆け付けた雪村は、ハッキリとそう宣言した。
「何よアンタ」
女子の片われが、いぶかしげな顔で問いかけてくる。
14歳くらいか。黒髪を二つに結んだ生意気そうな顔の少女。
袖のない白色の肌着に深紅の着物を腰巻にしたような格好で、裾には和柄の刺繍。
この子、忍者だ。
小柄な体格に見合わない尊大な態度で、雪村を正面からにらみ付ける。
「どうしたんだよ雪村。そんなムキになって、この二人がどうしたっていうんだ?」
「どうしたもこうしたもないよ。この二人こそ忍者業界を牛耳る二大巨頭……伊賀と甲賀の後継者なんだから!」
「おい、無関係な人間に設定を背負わせる真似だけはやめろよ? マジで迷惑になるからな」
「設定なんかじゃないよ! この二人はこっそり見に行ったことがあるから間違いない! どっちも忍びなのに高級車でお嬢様学校に通ってるの! 私はそれを自転車で追いかけたんだから!」
自転車で車を追いかけたって……まあまあヤバいよな。
体力も、アタマも。
「その通りよ。あたしは服部サスケ。誉れ高き伊賀流の筆頭忍者」
俺が雪村の脚力に引いていると、生意気忍者の方がそう言った。
「……同じく甲賀流筆頭、望月小太郎」
続けてもう一人、無表情な方がつぶやくような声で名乗りをあげる。
年齢は佐助って子より少し上くらいか。
こっちの子は髪を白くして、どこか朧げな雰囲気を醸し出している。
黒地の忍び衣装に、ひし形の刺繍が入った濃紺の袴。
伊賀の子とは真逆の大きな胸を、見せつけるように胸元を大きく開けている。
「ヘイ、ルリ。この二人は本物?」
「本物だ。顔も名前も現職の忍者としてしっかりウェブに情報が出ているぞ」
「本物なのか……」
「この世界ではライバルっていう設定じゃなく、伊賀と甲賀の共闘っていう形でいくつもりなんだね」
「だからやめろって、思い込みを押し付けるなよ」
「何を言っているの! 伊賀と甲賀はライバル的な雰囲気を出すことで互いに名前を売ってきたマッチポンプ忍者なんだよ! 忍ばなければならない定めを捨てた忍が手を組んで忍者利権を独占しているんだから! この世界では敵対関係の伊賀と甲賀が手を組んで攻略するっていう形で、話題作りをするつもりなんだよ!」
「おいやめろ!」
いよいよ忍者二人に食って掛かり出した雪村を引き留める。
「現代日本では伊賀や甲賀に全てを持っていかれたけど、この世界では真の忍術が復権するんだから! 私たち、ぽむぽむ流が!」
「恥ずかしいからやめろって! 相手は本物の忍者なんだぞ!」
「何を言うの! ぽむぽむ流だって正真正銘本物だよ!」
「くすくす」
「……ふふふ」
雪村の一方的な言い様に、もちろん身に覚えなんてないんだろう二人の忍者は、あからさまな苦笑いをし始めた。
そりゃそうだよなぁ。
こんなオリジナル設定忍者に突っかかって来られたら、苦笑いだって出る。
「見ろ、笑われてんじゃねえか」
「でも本当のことなんだよ!」
「あははははっ」
「ふふふふふ」
必死に雪村を押しとどめる俺を見て、いよいよ二人の忍者はおかしくてたまらないって感じで笑い出す。
ヤダもう恥ずかしい!
きっとこんな痛いヤツ、初めて見るんだろうなぁ。
「二人ともごめんな。こいつちょっとどうかしてて――」
「ついに表舞台に出て来たのね――――ぽむぽむ流忍術」
「…………はい?」
ちょっと待て、今この子なんて言った?
「アンタが知らないのも無理はないわ。ぽむぽむの名は隠匿され続けて来たんだから」
「いや、何を言って」
「深い伝統を持ちながら、江戸時代以降の急激な社会の変容によって歴史から消えていった流派。それが、ぽむぽむ流忍術なのよ」
「本当にあるの!?」
「知らないみたいだから説明してあげるわ。ぽむぽむ流忍術は京都の山中に生まれ、鎌倉時代の始まりと共に頭角を現したの。かの源義経の密偵として共に東北に渡り、その後も歴史上に姿を現さないまま、隠密の中の隠密として生きてきた一族よ」
「前に雪村が言ってたのとまんま同じだぁぁぁぁ!!」
「おおー!」
「え!? マジで!? マジで存在する忍術なの!?」
「だからずっと言ってたでしょう!」
雪村は俺の肩を「もうもう」と、バシバシ叩く。
「忍たちには、その圧倒的な敏捷性を『歩み無し』と呼ばれて恐れられていたわ。現代で【分身の術】が忍者の特技として認識されているのも、元をたどればぽむぽむ流の異常な速さによって見えた残像が、まるで複数人であるかのように見えたのが始まりなんだから」
「これも雪村が言ってたやつと完全に同じなんだけど!」
「本当だな!」
「どの流派にも深い敬意と共に語られる長い歴史を持ち、どんなに社会が変わろうと陰に身を隠し続けてきた真の忍術。それがぽむぽむ流忍術よ」
「……その通り」
甲賀忍者・小太郎も当然とばかりに同意する。
え、マジで? マジで言ってんの?
「でも……残念だったわね!」
サスケと名乗った忍者女子は、そう言って雪村をビシッと指さした。
「互いの特性を利用したイメージ戦略と社会進出によって、今や忍者と言えば完全に伊賀と甲賀がその代名詞になった。いくら古い歴史を持ち、忍びたることを現代まで貫いてきた由緒ある流派でも、今では誰も知らない世迷言! そしてそれは『星継ぎ』の世界でも変わらない。忍者は伊賀と甲賀だけでいいのよ!」
伊賀の子は強気の笑みと共に、そう宣言した。
甲賀の子も、ただこくりと一度うなずいてみせる。
「そしてこれからも……」
二人は同時に雪村を見据えると――。
「「忍者利権は渡さない」」
そう言い放ってみせた。
バチバチを火花を散らす勢いでにらみ合う両者。
「伊賀と甲賀による忍者利権の独占……これも本当だったってこと?」
雪村の脳内設定じゃなくて?
いやいやいや、そんなのありえないだろ。
だって、ぽむぽむ流忍術だぞ?
あの伊賀と甲賀がぽむぽむ流と戦うって、どう考えたってロールプレイだろ。
とてもじゃないけど信じられない……ただ。
「この二人は本物なんだよな?」
「ああ、間違いないぞ」
ルリエッタがこう言ってるしなぁ……。
AIであるルリエッタの情報が嘘ってことはないだろう。
でもなぁ、ぽむぽむ流だしなぁ。
伊賀、甲賀、風魔、ぽむぽむ……どう考えても一つだけ浮いてるんだよ。
「――――お前たちが、後継者候補か?」
「なんだ?」
俺が現実と虚構の間で悩んでいると、どこからか聞こえてきた声。
「うわっ」
いつの間にか俺の背後に、長い白髪を結んだ仙人みたいな爺さんが立っていた。
「ワシの名は赤舟斎。かつて裏の世界で名を馳せた忍じゃ……付いてくるがいい」
そう言って踵を返す赤舟斎。
「多重影分身は、あたしたちが頂くわ!」
「絶対に負けないよ。ぽむぽむ流の名にかけて……っ!」
サスケと雪村は、我先にとその後を追いかけて行く。
「ぽむぽむ流忍術……本当にあるの?」
もう一度あらためて聞くと、変わらず無表情の甲賀忍者はただこくりと首肯した。
マジかよ……。
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