第12話新たなるターゲット

「よっと」


 そんな余裕の掛け声一つで、雪村は苦もなくI字バランスを決める。


「すげえ……」

「柔軟は基礎の基礎だからね」


 そう言って笑みをのぞかせる雪村は、バランスを全く崩さない。

 こんなのをあっさりやってのける身体の柔らかさもすごいけど、ショートパンツのせいで太ももが……。

 肉付きが良くてハリがあって……すごいです、はい。

 一方ルリエッタは、もう少し難易度の低いY字バランスに挑戦して――。


「ぬはー!」


 その場にごろんと転がっていた。いつも本当に楽しそうだなぁ。


「おーい、できたぞ」

「来たっ!」


 鍛冶屋の親父さんの声に、俺はすぐさまカウンターへ特攻。


「ネズミ退治ありがとうよ。こいつはその礼だ」


 そう言って親父さんが手渡して来たのは、森の王角片を使った新装備だ。


「おお……カッコいい」


 シンプルな作りをした両刃のショートソード。

 その白刃は、金属でもないのに不思議な光沢を放ってる。


「鞘はオマケだ」


 そんなレア装備を収める鞘は、エメラルドグリーンの部分が目立っててカッコいい。

 森の王から取れた素材を使った武器って感じがよく出てる。

 剣自体がシンプルな分、鞘は少し見せていく感じになってるのがまたいいな。

 見た目の方は文句なしだ。

 ……さて。武器としてはどうかな。

 ちなみに今使ってる初期装備のショートソードは、攻撃力12だけど――。



 アイテム:【霊角の短剣】

 森の覇を唱える『王』の霊角を使った短剣。その刀身には魔力が常帯している。

 攻撃力:188



 188!? 一気に急上昇だな!

 無理してレベルの高い街に行って、高価な武器を買ったかのような上がりっぷりだ。


「そういや、以前あのネズミどもが忍び込んで来た時に落としていった物があってな、こいつが何か分かるか?」


 そう言って親父さんが取り出したのは、白と灰色の――。


「これ、バズーカの弾じゃないか?」

「おお! 本当だな!」

「なんだ、こいつの使い方を知ってんのか? 何かに使えるかと思ってとっておいたんだが、良かったらこいつも持って行ってくれ」

「ありがとう!」


 ルリエッタは嬉々としてロケット弾を、バズーカに装填する。

 これで使い勝手のいい攻撃が一回増えたぞ。

 ロケットパンチは腕の回収が必要な割に威力はほどほどだから、バズーカの存在は助かるんだよな。


「それとお前さん、忍者ってやつだよな?」

「そうですよ。誇り高きぽむぽむ流忍術です」


 こんな何気ない会話に、雪村はしっかり宣伝を入れてくる。


「実は見込みのあるヤツがいたら紹介してほしいって、忍びの親分だったヤツに言われててな」

「はい」

「もう生い先も短い爺だからってんで、なんか【分身】とかいう技の奥義を伝承したいって」

「分身の……奥義!?」


 そんな店主の言葉に、雪村が目の色を変えた。


「それってまさか……多重影分身ですか!?」

「名前までは分からねえけど、とんでもない技だって話だぞ」

「分身の奥義って言えば、それ以外考えられない……その技、どこで教えてもらえるんですか!?」

「ああ、コノギリ山の奥だ。後継者だけにその技を教えるって言ってたぞ」

「それって……ユニークスキルってこと?」


 雪村がゴクリと息を飲む。


「ヘイ、ルリ。多重影分身はユニークスキルでいいのか?」

「その通りだ!」

「多重影分身を使えるのは一人だけ。行かなきゃ……私、行かなきゃ!」

「そっか。それじゃ俺は新武器の試し斬りもあるし、ザコでも探しに――」

「待ってー! お願い力を貸して!」


 店を出ようとする俺の腰に、雪村がまたしがみついてくる。


「多重影分身は、ぽむぽむ流に絶対必要なスキルなんだよ!」

「……なんで?」

「ぽむぽむ流の特徴は、忍者の中でも群を抜いた機敏さなの! あまりの身軽さゆえに足跡も残らないことから『歩み無し』と呼ばれるようになって、それが転じて『歩無』(ぽむ)になったんだよ。忍者と言えば分身の術って言われるようになったのも、あまりの速さに残像が見えたことから始まってるの! 要するに分身の術は、私たちぽむぽむ流の代名詞なんだよ! 他の人に取られちゃうわけにはいかないの!」

「そんな創作、よくポンポン出てくるなぁ」

「創作じゃないよ! 私がステータスポイントを全部【敏捷】に振ってるのも、そんな『速さ』を誇るぽむぽむ流を正しく広めるために必要なことだからなの!」

「へえ」

「おかげで今は、別の忍者に速さで負けるのが怖くて他のステータスにポイントを振れないようになっちゃって……」

「やめちまえよ、そんな縛り」


 速さ特化が未来のないステ振りだったら、終わりじゃねえか。


「だからお願い翔太郎くん! 力を貸して!」

「んー……次にやることが決まってるわけじゃないし、俺は構わないぞ。この剣が手に入ったのも雪村のおかげみたいなもんだしな」


 かと言って創作忍者の設定にまで付き合う気はないし、俺たちが戦力として役に立つかは正直疑問だけど。


「ルリエッタは……聞くまでもないか」

「もちろんだ!」


 相棒は早くも「面白いことになりそうだ……!」と目を七色に輝かせていた。



   ◆



「ほらほら、こっちだよっと!」


 先頭を行く雪村を狙った【爆破】攻撃が、樹に当たって炎を上げる。


「今だよルリちゃん!」

「了解だ! ロケットパーンチ!」


 隙を突いて放たれたルリエッタの腕が、ウィザードフロッグの顔面にヒット。


「翔太郎っ!」

「任せろ! 借りは返させてもらうぜ!」


 体勢を崩したウィザードフロッグの懐に駆け込んだ俺は、新武器【霊角の短剣】で斬り掛かる。

 その切れ味は申し分なし!

 憎きカエル野郎は倒れ、粒子になって消えていく。


「悪く思わないでくれ。どうやら俺は……強くなりすぎてしまったらしい」


 散っていくかつての好敵手に、餞別の言葉を残す。

 ……ああ、本職の前衛がいるって最高だな。

 一つ上がったレベルに、思わず口をほころばせる。

 ちなみにHPとMPの上昇は相変わらず微々たるもので、ステータスポイントも保留を継続だ。

 俺たちは今、付近を警戒しながらコノギリ山の奥地へ向けて歩を進めている。

 基本的にはモンスターが出たら雪村が引き付けて回避。その間に俺たちが逃げるっていうのを繰り返す形で。

 今回はよく知った顔を見つけたから、特別にリベンジを果たさせてもらったってわけだ。


「お、あれじゃないか?」


 モンテールを出て北東へしばし。

 森を進んだ先に見えて来たのは、木々の間に隠れるようにして建てられた木造の屋敷。


「あそこで【多重影分身】が手に入るんだね!」

「気合入ってるなぁ」

「もちろんだよ。ぽむぽむ流を再興するにあたって、その看板になる【術】は絶対に必要だからね。それが【分身】の発祥になったうちの流派を象徴するものならこれ以上ないよ。多重影分身はユニークスキルだし、間違いなく見た目も派手になるから!」


 意気込む雪村。

 まあ忍者専用のユニークスキルなんて言われたら、熱くもなるよな。


「おや? どうやら先客がいるようだぞ」


 ルリエッタが指をさす。

 見れば高い屋根の軒先には、二人組の少女の姿があった。


「……あ、あの二人はっ!!」


 忍者の格好をした二人の少女を見て、雪村が突然血相を変える。


「どうした、知り合いか?」

「知り合い……違う。そんないいものじゃないよ」


 雪村は首を振ると、勢いよく走り出す。


「あれは――――宿敵」

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