第10話投げるクナイがストライク

「……分かったよ、そういう事なら力を貸してくれ」

「本当ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」


 結局、折れたのは俺たちの方だった。

 人の腰にしがみつきながら「お願いします……」とだけ言い続ける機械になられたらもう仕方ない。

 こっちも戦闘能力が皆無なことに変わりはないから、前衛がいてくれれば楽になる。

 この際どうかしてる忍者設定には目をつぶって、パーティを組んでみよう。

 せっかく手に入れた【森の王角片】も活かしたいからな。


「ルリエッタもそれでいいか?」

「もちろんだ! また冒険が楽しくなりそうだな!」


 ルリエッタは親指をぐっと立てて承諾する。

 よし、話は決まった。


「オヤジさん、そのクエスト受けますよ」

「そりゃ助かる! どうやらネズミのヤツは街外れの洞窟に盗んだ物品を持ち来んでるらしい」

「そいつを倒せばいいんですね?」

「ああその通りだ。礼は仕事で返させてもらうぜ」


 そうと決まれば話は早い。

 さっそく俺は雪村の方に向き直る。


「俺は翔太郎。見ての通り冒険者だ」

「わたしはワールドナビゲーションAIのルリエッタだ」

「……AI?」

「その通りだ」

「え、本物なんですか?」

「もちろん本物だぞ!」

「すごい……すごいよ」


 両拳を強く握り、雪村は目を燃やし始める。


「AIと冒険者が一緒のパーティ。こんなの絶対話題になる! そうなったら誰よりも目立つ忍者になって、この世界の有名人に……っ!」

「忍べよ」


 誰よりも目立つ忍者ってなんだよ。


「それとパーティを組んだわけだし、話し方も普段の感じでいい」

「うん、分かった」

「ステータスどんな感じなんだ?」

「私のステータスは――」



【名前】:四条雪村

【クラス】:忍者

 レベル:19

 HP:401/401

 MP: 78/78


 腕力:1(+32×2)

 耐久:1(+23)

 敏捷:55(+5)

 技量:1

 知力:1

 幸運:1


 武器:【忍刀・鐵】攻撃力32×2

 防具:【絹の襟巻】防御力5

   :【忍び装束】防御力10 敏捷5

   :【鉄の手甲】防御力8


 スキル:【分身の術】


「こんな感じかな」

「え、冒険者とこんなに差があんの?」


 HPに至ってはケタが違うじゃねえか。

 レベル差があるとはいえ、やっぱ冒険者は弱いんだなぁ……。


「翔太郎くんは冒険者だし、スキルとかはないんだよね?」

「……いや、あるぞ」

「本当? 冒険者専用のスキルは今のところ見つかってないし、それってイベントスキルだよね? 何があるの?」

「粘液」

「はい?」

「粘液」

「…………はい?」


 聞き直したけどやっぱり意味が分からない。そんな顔をする雪村。

 ま、そりゃそうだよな。

 まさか人が粘液を吐くとは思うまい。



   ◆



 店主の言葉通り、街を出て少し進んだ森の中にその洞窟はあった。


「おお……一気に冒険感が出てきたなぁ」


 入り口は狭く、三人で進むのにちょうどいい大きさ。

 内部には、深い闇が広がっている。


「やっぱ、松明とか用意しないといけないのかね?」

「炎の魔法を使う魔術師がいれば、自作もできるみたいだよ」

「へえ……専用の魔法じゃなくても松明を自作できるって、やっぱこのゲームすげえな」


 そう言うとルリエッタは「いやぁ」と照れ笑いながら頭をかく。そして。


「ここはわたしに任せてくれ!」


 そう言って胸をポンと叩いてみせた。


「なんだ、松明持って来てるのか?」

「いや、その必要はない」


 そう言って目を閉じるルリエッタ。

 再びまぶたが開かれると、瞳がピカーと光り出す。


「さあ、行こう!」


 なにその機能。


「電池の消費は大丈夫なんだよな?」

「もちろん。デストロイビーム以外なら微々たるものだ」


 ルリエッタは歩き出す。

 洞窟の内部はとにかく暗い。

 むき出しの岩肌と、時折聞こえる謎の音。

 俺たちは自然と足音を消し、呼吸にも気を使い出す。

 すると不意に、ルリエッタが足を止めた。

 目を凝らすと、その視線の先には俺たちの想像を二回りほど大きくした、一匹のネズミの背。

 その手にはキラキラと輝く金属塊が。

 間違いない、あいつだ。

 しんがりを務めていた雪村が「私に任せて」と、うなずいてみせた。

 そのまま忍び足でゆっくりと、ネズミとの距離を詰めていく。

 いいぞ、あと少し。あと少しだ。

 気づかれることなく射程距離まで近づいた雪村は、そーっと手を伸ばす。

 そしていよいよその手が、首根っこに届いたところで――。

 突然、ネズミが振り返った。


「ッ!?」


 俺たちの姿を確認するや否や、全速力で逃げ出していく!


「追え! 追うんだっ!」


 なぜか二足で猛ダッシュするネズミを追って、俺たちも洞窟の奥へと駆けていく。


「やっぱ二足歩行じゃ速度が出ねえみたいだな! このまま追い詰めるぞ!」

「おー!」

「了解っ!」


 ネズミは逃げてどんどん奥へ。

 足元に空いていた穴に、そのまま飛び込んだ。


「逃がすかよ!」


 俺たちも負けじとネズミの後に続く!


「……どうやら、ここまでみたいだな」


 たどり着いたのは、おそらく洞窟最奥の空間。

 ようやく観念したのか、ネズミは俺たちの方に振り返る。


「……ん?」


 その顔には、悪い笑みが浮かんでいた。

 なんだ? 急に……気配が。

 途端に聞こえてくる、無数の鳴き声。

 わずかに遅れてやって来たルリエッタが隣に立つと、目から放つ光が全容をあらわにする。


「ウソ……だろ」


 そこには、無数のネズミたちが目をギラギラと輝かせていた。

 敵は、一匹じゃなかった。


「……袋のネズミじゃねーか」


 思わず俺が口走った瞬間。

 大量のネズミたちが一斉に襲い掛かって来た!


「二人は下がって!」


 放り込まれた突然の窮地に、雪村が一人前に出る。


「こんなの一人じゃ無理だ! 数が多すぎる!!」


 思わず叫ぶ。

 雪村はそのまま、暴れネズミの波に飲み込まれた。


「雪村ああああーっ!!」


 右から飛び掛かってきたネズミたちをかわし、同時に頭上から襲い掛かってきた三匹も回避。

 続けざまに左から跳び込んで来たネズミを、首の角度を変えるだけで避ける。

 さらに十数匹のネズミ乱舞を、細やかなフットワークでかいくぐる。


「回避能力どうなってんだよ!?」


 その早すぎる身のこなしに思わず叫ぶと、雪村は特に息を切らすでもなく振り返って――。


「これくらいは問題ないよ、忍者だからね」


 俺の方を見たまま、後方から迫るネズミの攻撃まで回避した。さらに。


「だいたい把握できたかな」


 そう言ってインベントリからクナイを取り出すと――。


「よっと」


 回避からの投擲でネズミを弾き飛ばした。

 正面から駆けてくるネズミたちにも全弾命中。

 さらに軽快なバク転から両手で投じた六つのクナイが、左右別々のネズミを捉える。


「……クナイ投げのスキルなんて持ってなかったよな? 確か器用値も初期のままだったと思うんだけど」

「そこはほら、忍者だから」

「ステータスどうこうじゃなく、プレーヤースキルで当ててるって事?」

「うん」


 なんだよそれ。

 忍者ロールプレイ、本格的にもほどがあんだろ……。


「って、感心してないで俺も加勢しねえと! この隙を利用して……おえええ」


 さっそく【粘液】を吐き出していく。

 あっという間に地面に広がる、ゲル状の液体。

 ……いやルリエッタ、背中さすっても吐き出す量は変わらないから。

 お前はシステム知ってんだろ。


「よし雪村、準備ができたからこっちに来てくれ! 足元に気をつけてな」

「了解っ」


 雪村は側転でネズミたちから距離を取り、続けざまの大きなバク宙で粘液の海を飛び越える。

 オマケとばかりのクナイ投げで二匹のネズミを倒しつつ、華麗な着地をみせた。

 そして怒涛の勢いで雪村の後を追って来た多量のネズミたちは……一網打尽。

 まとめて粘液にからめとられた。


「翔太郎! チャンスだぞ!」

「ああ、もちろんだ!」


 さっそくショートソードを引き抜いて、粘液にかかったネズミどもをバシバシひっぱたく!


「経験値、いただきじゃー!」

「いただきじゃー!」

「粘液、そうやって使うものなんだ……」


 嬉々としてネズミを叩く俺たちに、雪村は唖然としていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る