第9話新たな出会いの巻

 ――――ログイン開始。

 目を開けると、そこは俺たちがいろいろすっ飛ばしてたどり着いた街、モンテールの裏口前。


「ルリエッ――」

「待っていたぞー!」

「うわっと!」


 さっそく相棒を呼び出そうとすると、ルリエッタが下からぴょーん! と飛び出してきた。

 ライブの時にアイドルが、舞台の下からバンッ! と飛び出して来るような感じで。

 そのまま「シュタッ」と着地を決めると、その翠の瞳をずいっと寄せてくる。


「今日はどうするんだ!?」

「まずは前回手に入れた森の王の角、こいつで武器が作れないか確認しようと思う」

「了解だ! さっそく行こう!」


 インベントリから取り出した【森の王角片】を手に、あらかじめ調べておいた街の鍛冶屋に向かう俺たち。

 今日もルリエッタはにっこにこだ。

 ていうか、俺の戻ってくるポイントでしゃがんで待機してたのか。

 周りの人はどんな目で見てたんだろう。


「……あ、あんた」


 鍛冶屋の戸を開けると、店主の男は振るっていた槌を放り出し、俺のもとに駆け寄って来る。


「それはまさか、森の王角片では!?」

「そ、そうだけど……」

「頼みがある! 実は最近依頼を受けた大仕事の素材を、ネズミに盗まれてしまったんだ!」

「……これ、クエストじゃないか?」

「そのようだ」


 森の王の角を手に入れると発生する、イベントクエストってやつだろう。


「このままじゃ仕事にならねえ。そこでお前さんに、ネズミ狩りと素材の回収を頼みたいんだ」

「うーん。でも森の王の角が手に入ったのは、俺たちが強いからじゃないんだよなぁ……」


 敵がネズミとはいえ、クエストをこなせる自信なんてまったくないんだが。

 角を手に入れた経緯も、そもそもが【粘液】の試し吐きだし。


「頼む、このままじゃ仕事にならないんだ!」


 懇願してくる店主。


「さて、どうしたものか……」


 クラスは冒険者だし、レベルも相変わらず1のまま。

 まだザコの一匹もまともに倒してないのに、討伐依頼っぽい仕事なんて受けてもいいんだろうか。

 正直勝てる気しないんだけど。



「――――話は全て聞かせてもらいました」



「うわっ」


 悩んでいると、一人の少女が俺たちの目の前に突然『着地』した。

 この子、一体どこから……?


「私の名は、四条雪村」


 見た感じ年齢はルリエッタと同じくらいだが、背丈は少し高い。

 肩口までのつややかな黒髪を一房だけ結び、首には長い襟巻。

 肩を出し、腕には手甲。

 短パンに短いスカートがついたものを履き、太ももは丸々露出している。


「御覧の通り、クラスは忍者です」

「その忍者が、一体何の用だ?」

「クエスト、一緒に挑ませてもらえないでしょうか」

「手伝ってくれるのはうれしいけど、なんでまた」

「冒険者がこの街にいること自体めずらしいのに、未確認モンスターのドロップアイテムまで持ってるなんてただ者じゃないと思ったんです。しかも隣にいるのは、人気のワールドナビゲーションAIにそっくりなミステリアス美少女。このまま放っておくなんて……もったいない」

「いまいち意味が……」


 もったいなから一緒にクエストに挑戦するってなんだ。

 どうにもこの子の目的が分からない。

 すると雪村と名乗った忍者少女は、真面目な顔で俺を見た。


「我が使命は、歴史から消えたとある忍術流派の復興」

「……はい?」

「そして私は……由緒あるその流派の末裔なんです」


 ヤバい、余計に分からないんだけど。


「ですが今、その存在は風前の灯火」

「ええと、それとこれがどうつながるんだ?」

「今『星継ぎのファンタシア』には世界中の人間が集まって来ています。だからこの場所で、我が流派を知らしめたいんです!」

「要は人が多いこのゲームの世界で、一旗揚げようってこと?」

「その通りです。圧倒的な現実感、広く美しい世界、世界中の注目を集めるこのゲームでなら、それも可能だと思っています」

「……マジか」


 それで変わった編成の俺たちに声をかけて来たってわけか。

 またとんでもない野望だな。

 一方ルリエッタはゲームを褒められたのがうれしかったのか、「えへへへ」と照れ笑いを浮かべてる。


「我が流派の発祥は、京都近郊の荘園に端を発する最強の武芸集団。その土地勘を頼られ、追われる幼い源義経を大和国に逃がしたことが、忍びとしての最初の仕事でした」

「鎌倉時代の頃の話か……確かに歴史があるな」

「この時に始まった義経との関係。後に頼朝に追われた際は京都に身を隠すのに一役買い、奥州への逃走にも関与しました。そのまま我らの祖先が奥州に住み着いたことで忍術が東北へと伝り、戦国時代には甲斐や越後などの大名に重用されるようになったんです」

「おお、そりゃすげえ」


 その来歴に、思わず感嘆してしまう。


「で、その流派の名前は?」

「はい。誇り高き我らが忍術。その名は――――ぽむぽむ流」

「そうか、がんばれよ」


 俺はエセ忍者を残して店を出る。


「待ってー! 何でそんな急に冷たくなるんですか!?」

「創作忍法に付き合うのはちょっと」

「創作じゃないです!」


 なんだよ説得力のある設定を持ってきやがって、うっかり信じかけちゃったじゃねえか。

 これは単なるヤバいヤツだ。無駄に設定ができてるのがとにかくヤバい。


「今こそ私たちは、真の忍術を取り戻さなければならないんですよ!」

「真の忍術の発祥は?」

「京都の山中」

「初仕事は?」

「源義経の護衛」

「流派の名前は?」

「ぽむぽむ流」

「何でそこだけ『ふわふわ感』を我慢できなかったんだよ」

「ふわふわ感って何ですか!?」

「そこだけ完全に女子が考えたふわふわ忍術になってるだろうが!」

「そんなことないですよ! 由緒ある名前です!」


 いいや、これは絶対『なりきってゲームを楽しむ』遊び方、潰れそうな忍術流派ロールプレイだ。

 ……潰れそうな忍術流派ロールプレイってなんだよ! マニアック過ぎだろ!


「ヘイ、ルリ。ぽむぽむ流忍術ってなに?」

「んー、初めて聞くな」

「伊賀や甲賀を超える歴史を持った真の忍術なんです! ただ陰に潜んでいたから知られていないというだけで!」

「なるほど、ぽむぽむ流は真の忍術……ルリ、覚えた」

「覚えなくていいぞ、そんなもん」

「信じてください! 本当にあるんですよ!」

「分かった。仮にお前の言う……むぽむぽ流が実際にあったとしよう」

「ぽむぽむ流です!」

「諦めてくれよ、この国の忍者産業のために」

「なんてことを言うんですかー!」

「俺は、伊賀と甲賀に任せた方がいいと思う」

「伊……賀っ」


 ……なんだ?

 俺の言葉に、急に忍者少女が震え出したぞ。


「伊賀と甲賀がうまいことやった結果が、この二強流派による忍者利権の独占なんですよ!」

「うまいことやった結果ってなんだよ!?」

「お互いの名前を使ってライバル化しながら売り出すっていう戦略ですよ! 伊賀と甲賀の関係。いくらなんでも都合がよすぎるって思いませんか!?」

「何が?」

「伊賀はお金で動くプロ集団、甲賀は主君のために動く忠義の士。相容れない両里の関係。こんなのできすぎでしょう!? 本当はライバルでも何でもないんですよ! 里も近くて、普通に行き来してるお隣さんなのを、私は知っています!」

「そうなの?」

「そのようだ」

「徳川家に重用され、江戸でぬくぬくしていた伊賀や甲賀とは対照的に、忍らしく身を潜め、技を高め続けていた私たちが消滅の危機に瀕しているんです。どんな時代でも忍び続けてきた正しき忍者なのに。ですがこれ以上忍んでなんていられません! 私たちも戦わなくてはならないんです!」

「で、流派は?」

「ぽむぽむ流です」

「それじゃ」

「うわー! 待ってくださいおねがいします! パーティに入れてください! 先日ついにお父さんがヌーバー配達員をやるって言い出したんです! このままだと由緒ある忍の頭領が、水蜘蛛や大凧で料理を運ぶヌーバー忍者になっちゃいます!」

「ちょっと面白そうじゃねえか」

「なにも面白くないですよ! タワーマンションの高層階なんてめちゃくちゃ風強いんですよ! 危ないじゃないですか!」

「エントランスから入れよ」

「お願いします! なんでもしますからパーティに入れください! 私は表舞台で誰より目立って、たくさんの人に顔と名前を覚えてもらわないといけないんです! いつに日か忍者=ぽむぽむ流と呼ばれる日を目指して!」


 必死に懇願してくるぽむぽむ流忍者。

 逃げようとする俺の腰にしがみついて、意地でも放さない。


「お二人と一緒ならたくさんの人に覚えてもらえるって、私の勘がそう言ってるんです! もう手段は選んでいられません! とにかく、とにかく目立ちたいんですよぉー!」

「目立ちたいんなら、それはもう忍者ではないだろ……」

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