第8話てきのわざ

 てきのわざ:【粘液】

 説明:ヌルヌルなのにベットベト。くっついたらなかなか取れない透明の液体

 効果:敵の足止めや拘束などが可能



 ウィザードフロッグから逃げてたどり着いた、森の奥地。

 覚えたばかりの【てきのわざ】を、俺はあらためて確認してみることにした。


「な、なんで【爆破】じゃねえんだよ……」

「あれは魔術師のクラススキルの一つなんだ」


 そういうことか……。


「うーん。まあせっかく取ったんだし、とりあえず一度使ってみよう」


 息の詰まる逃走劇によって、ようやく手にしたスキル。

 わずかな期待をかけながら【粘液】を発動する。


「おえええ」


 足元にたまる、ドロドロした透明の液体。

 俺は口から、そこそこ大量の粘液を吐き出していた。

 ……もう一回。


「おえええ」


 ちょっと待てよ。もう一回。


「おえええ」


 あれ!? もう一回!


「おえええ」


 お、おい、ちょっと待てよ!


「ウ、ウソだろ……っ! おえええ」

「なんだ翔太郎、どうした?」

「いやいや待ってくれ! これ……絶対おえええって言う!」


 ね、念のためもう一回。

 大きく息を吸って、嗚咽をもらさないようしっかり我慢して――。


「おえええ。ダメだ、絶対言う!」


 何だよこのシステム!

 しかもこんな見るからに弱い技じゃ、状況の打開なんてどう考えても不可能だ。

 こんなの、使えるわけねえ!

 どうするんだよ。こんなしょーもない弱技覚えて……。

 まさかの事態にガックリと肩を落とす。すると。


「…………なんだ? 急に森が騒がしくなってきたぞ」


 辺りを見回すと、森の生き物たちが大慌てで移動していく。

 まるで何かから逃げるかのように。


「え、あいつらも?」


 あれだけの死闘を繰り広げたウィザードフロッグまでもが、俺たちのことなんか気にも留めず跳ね飛んで行った。


「なんだなんだ? 一体どうなってんだ?」

「翔太郎!」


 ルリエッタの声に振り返る。


「……な、なんだあれ!?」


 バキバキと音を立てながらなぎ倒されていく森の木々。

 そこにいたのは、見上げるほど巨大な……鹿。


「あれは森の王だ!」

「森の王?」

「森林地帯のどこかに現れるという大ボスだぞ! とてもレアだし、何よりまだ未発見のモンスターだ!」


 バス一台分くらいの体長を誇る巨鹿。

 青白い輝きを灯す角からは、燐光がバチバチと弾け飛んでて……め、めちゃくちゃ強そう!


「……ち、ちなみに討伐の推奨レベルは?」

「80だ」

「マジかよ……」

「80のパーティだ」

「ひえっ」


 万が一もねえ!

 俺たちをにらみつけたまま、鼻息を荒らくする森の王。

 準備運動とばかりに、前足でガシガシと地面を擦る。

 これは、完全にやるつもりだ。


「に、逃げるぞルリエッタ――――ッ!!」

「了解だーっ!」


 一目散。俺はルリエッタと共に大慌てで走り出すっ……て、こんなの逃げ切れるはずねええええ!

 重機のような勢いで木々をなぎ倒し、巨鹿は猛然と駆けて来る。

 何だよこの迫力、めちゃくちゃ怖えじゃねえか!!


「おいおいまたか!? また死ぬのかぁぁぁぁ!?」


 距離は見る見る縮まっていく。

 も、もうダメだ、追いつかれるっ!


「カエルの次は、鹿かよォォォォッ!!」


 ズシャアアアアアアアア――――――ッ!!


「…………ん?」


 聞こえたおかしな音に振り返る。

 なんだあれ、森の王が……すっ転んでる?

 倒れ込んだ森の王は、立ち上がろうとしてまた転び、身体を起こそうとしてまた滑る。


「なんだなんだ? どういうことだ?」


 あまりに唐突な出来事に、じっと目を凝らしてみる。


「…………あっ」


 そういうことか。

 森の王が転倒した原因は、さっき俺が吐いたばかりの粘液。

 多量の粘液に、足を滑らせて転んだんだ!

 もがき出す森の王。しかしどこまでも伸びる粘液は獲物を逃がさない。

 もがけばもがくほど全身にからまって、その異常に高い粘度のせいでドンドン身動きが取れなくなっていく。

 森の王はドタンバタンともがきまくり、暴れまくり――。

 やがて大きく息をつくと……動くのをやめた。


「あ、あきらめた――――っ!?」


 なんだこれ! 粘液強すぎだろ!

 こんな化け物みたいなボスモンスターをこれだけしっかり足止めできるって、どんな性能なんだよ!

 森の王は「もうどうにでもなれ」とばかりにふてくされてる。

 身じろぎ一つ取ろうとしない。


「……あれ? なあ、もしかしてこれってチャンスじゃないか?」

「ああ、大チャンスだ!」

「そうだよな? 一方的に攻撃できるってことだもんな。よーし、そうと分かればやるしかねえ!」


 腰に提げたショートソードを引き抜き、さっそく森の王への攻撃を開始する。

 まな板の鯉状態の巨鹿相手に連打! 連打! 連打!

 まさに乱れ打ちだ!


「ヘイ、ルリ。俺が森の王に与えるダメージを教えてくれ!」

「了解だ!」


 俺は再びショートソードで、目が死んでる森の王を斬りまくる!


「オラァ!」

「1」

「オラァ!」

「1」

「オラァ!」

「1」

「せいやぁぁぁぁ――――っ!!」

「2」

「全っ然ダメージ与えらんねえ!」


 そもそもさっきから『斬る』っていうより『叩く』感じの手応えなんだけど。

 これ、ちゃんと効いてるか?


「……ヘイ、ルリ。こいつのHPは?」

「104890だ」

「はい撤収」


 終わらねえよ、こんなの。


「せっかくのチャンスなのに、もったいねえなぁ」


 倒れたままでいる森の王を、俺は複雑な思いで眺める。


「弱点を突けばダメージは大きく変わってくるが、森の王相手では少し厳しいな。今回は角を攻撃してみてはどうだ?」

「角?」

「特定部位への攻撃によって、特殊なドロップアイテムを出すことがあるぞ。その際ダメージ量は関係ない」

「なるほど、そうと分かれば!」


 再びショートソードを手に、角を叩く、叩く、叩く!

 すると森の王の角が欠けて、足元に転がってきた。



【アイテム】森の王角片

 猟師たちの伝説といわれる深き森の王

 その角片は、常帯した魔力によって非常に丈夫

 めったにお目にかかれない一品であり、武器の素材として使われる



「お、なんかいいアイテムっぽい。ていうか武器になるのか……これはいいぞ」


 森の王の角を使って作る武器なんて、強いに決まってる。


「さて、森の王もそのうち動けるようになるだろうし、そろそろここを離れようぜ」

「そうしよう」


 森の王は、ものすごく不満そうな顔をしてる。


「今回は引き分けのようだな森の王。だが次は負けない。お前も修行を怠るなよ……うわ! めちゃくちゃ暴れ出した! 逃げるぞ!」

「おー!」


 笑いながら走り出すルリエッタ。

 怒り心頭状態で暴れまくる森の王をそのままに、俺たちは森を抜け出した。


「いやーどうなるかと思ったけど、楽しいな。このゲーム」


 初日だってのに、時間の経つのが本当にあっという間だった。


「ふふふ、そうだろう? 何せ全てがそろった最高のゲームだからな!」


 ルリエッタはうれしそうに笑う。


「よし、今日のところはこの辺にしておくか」


 俺がそう口にすると、ルリエッタはピタリと足を止めた。

 なんだ? 急にどうしたんだ?


「……翔太郎」


 これまでの元気さから一転、その華奢な肩を落としてうつむく。

 しゅんとした表情で俺のところにやって来たルリエッタは、その翠色の目で見上げてきた。


「…………もう、帰っちゃうの?」

「買い出しとか、ゴミ捨てとか、少しやっておかないといけないことがあるんだよ」


 そっか。と小さくつぶやいたルリエッタは、明らかにしょんぼりしてる。


「だから…………ちょっとだけだぞ」

「翔太郎ーっ!」


 ぱああああ! と表情を明るくするルリエッタ。

 そのまま俺の腕に抱き着くと、ぐいぐいと引っ張ってくる。


「さあ行こう! 次はどこに向かう!? 何をする!?」

「せっかくだ、付近をもっと探索してみようぜ! 森の王には見つからないようにな!」

「了解だーっ!」


 こうして俺はルリエッタに引っ張られ、結局くたくたになるまでフィールドを駆け回り倒した。

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