第3話約束の地
AI少女は、俺に向かって全速力で走り出し――。
「うおおおおッ!?」
そのまま抱き着いてきた!?
あまりの勢いに押し倒される俺。
なんだなんだ!? ゲームスタートが遅くなるとこんな積極的な演出になるのか!?
AI少女は俺の腹の上に腰を下ろしたまま、両手を胸元につき、にっこにこの笑顔で見つめてくる。
「まったく45日と3時間12分8秒も遅れるなんてどういうつもりなんだい? このまま来てくれなかったらどうしようかと、不安になっていたところだ!」
そう言ってもう一度、ニッと笑う。
「だがわたしは信じていたぞ、キミは必ず来てくれると! 約束したからな。友だちとの……大切な約束だ!」
それから、思い出したかのように「おっと」と口にする。
「まずはこのゲームの紹介をしないとな!」
自信ありげな表情で、AI少女が立ち上がった。
「この世界には――――すべてがある!」
大きく両手を開き、くるりと一回転。
すると一瞬にして世界が、灼熱の砂漠に切り替わる。
「なんだこれ……?」
どこまでも広がる砂漠に俺が戸惑っていると、ターバンと長い外套を身にまとったAI少女がフラフラとした足取りでやって来た。
布のショルダーバックから水筒を取り出すと、ひっくり返してトントン叩く。
空っぽだ。ガックリ肩を落としながらAI少女が水筒を放り出した。すると。
……なんだ? 足元が揺れ出したぞ?
そう思った次の瞬間、AI少女の背後から巨大なサンドワームが姿を現した!
「うわあー!」
大慌てで逃げ出すAI少女を、サンドワームは猛烈な勢いで追いかける。
その速度は凄まじい。あっという間にAI少女に追いつき、そのまま喰らい付く!
「おおっ!?」
舞い上がる大量の砂に、思わず目を閉じる。
そして再び目を開くと、そこには――――。
「あれ……?」
美しい海岸線が広がっていた。
そこはまるで南国のビーチリゾート。
ビーチチェアでトロピカルドリンクを口にしていたAI少女が、こっちに気付いて立ち上がる。
白いビキニ姿でやって来たAI少女は、かぶっていた麦わら帽子を笑顔で俺の頭に乗せた。
……ていうか俺、砂浜に頭以外全部埋まってんじゃねえか……って波! 波が来る!
「おいちょっと待て! このままじゃ波が顔にガボボボボ!」
俺はそのまま、コバルトブルーの波に飲み込まれて――!
「ハッ!?」
気がつくとそこは、樹木に浸食され尽くした遺跡の中だった。
カウボーイハットに黒ぶちメガネ、腰にムチを提げたAI少女は真剣な面持ち。
中央の台座に乗せられた黄金の卵を、同じ大きさの石に取り替えようとしてる。
「……ひ……ひ……」
あ、これヤバいヤツだ。
「ひ…………ひっくしっ!」
くしゃみと共に滑る手元、転がり落ちる黄金の卵。
そして、遺跡の崩壊が始まった。
慌てて辺りを見回すAI少女。おいおい、これはヤバいヤツだぞ!
早く逃げないと生き埋めに……って、あれ?
崩壊が……止まった?
「よかった、今回はセーフだ」
そう言ってAI少女が額の汗を拭った瞬間、台座の部屋自体に大穴が開いた。
「「うわああああああああ――――!」」
落ちる、落ちる、とにかく真っ暗な穴を二人して転がり落ちる。
そして飛び出した先は、ギラギラとまぶしいカジノの中だった。
「……あれは」
真っ赤なドレスにサングラス姿のAI少女がルーレットの前にやって来て、黄金のチップをバン! と赤の18番に賭けた。
弾かれた白い球が盤面を回転し、やがてポケットに落ちる。
固唾を飲んで見守るギャラリー、ディーラー、そして強気の笑みを浮かべるAI少女。
やがてルーレットが留まると、白球は見事18番のポケットに。
湧き上がる歓声。バチーン! とウィンクを決めるAI少女。
一斉に乱舞する大量のチップが、視界を埋め尽くす。
おお、すっげえ……。
顔に張り付いたチップ。AI少女の描かれたそれを引っぺがすと――。
「――――ギャオオオオ!」
唐突に聞こえてきた、全身を震わすほどの雄たけび。
今度は巨大な……ド、ドラゴン!?
その口から吐き出される豪快な炎。
しかし神官の格好をしたAI少女の発した光の壁が、炎を弾き返す。
すかさず武闘家のAI少女がドラゴンに拳を叩き込み、魔術師のAI少女が魔法を放つ。
すると大きく体勢を崩したドラゴンは咆哮をあげ、再びブレスを放とうと口を開く。
「させるかああああーっ!」
ドラゴンの放つ炎に真っ向から飛びかかって行くのは、騎士姿のAI少女。
手にした魔法剣を、全力で叩き込んで――――。
「うおおおおおおおおおお――――ッ!?」
巻き起こる盛大な爆発に、思わず顔を背ける。
「…………ここは」
白煙が、ゆっくりと晴れていく。
視界が戻るとそこは、美しい草原の真ん中だった。
どこまでも広がる空と、遠く見える山並み。
一陣の風が下草を揺らしていく。
どこか懐かしく感じるその風景の真ん中には、元の姿に戻ったナビゲーションAIの少女が立っていた。
その翠色の目が、真っすぐに俺を見る。
「――さあ、行こう」
差し伸べられる、華奢な手。
「楽しいに決まってる。君とわたしが一緒なら」
――――ユニークシナリオ『約束の地』が発生しました。
ユニークシナリオ……?
視界に現れた文字を、思わず凝視してしまう。
『ユニーク』を冠するものは、そのゲーム内で一人しかたどり着くことができない。
つまりこのシナリオは、まだ誰一人として知らないってことだ。
見つかれば当然話題になるし、発見者の名が轟くことにもなる。
それがゲーム本編が始まる前、チュートリアルで起こるなんてありえんのか?
いや……待て。
『一緒』なら? 今、一緒ならって言ったよな?
向けられるほほ笑み。
……なんでだろう。
初めてのはずなのに、どこか懐かしい感じがするのは。
その屈託のなさに、思わず俺はAI少女の手を取っていた。
「あらためて、私はルリエッタ。ワールドナビゲーションAIのHMXX-18・ルリエッタだ!」
ルリエッタはそう言って満面の笑みを浮かべると、俺の腕に飛びついてきた。
「さあ行こう! 君をずっと、ずっと待っていたんだ!」
そのままぐいぐいと俺の腕を引き、草原の中を走り出すルリエッタ。
その輝く翠色の目で俺を見て、楽しそうに笑う。
「――――始まるぞ、至高のファンタジーが!」
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