第5話あの『忘れえぬ』日のために

 それは、『彼』が『星継ぎのファンタシア』を開始する数分前のこと。

 シンプルを追求した宇宙船の艦橋のようなその場所は、『本来』新規プレーヤーのチュートリアルが行われる空間の一つ。

 そこに一人たたずむのは、天才開発者・長瀬流一郎の手によって生み出されたAI少女。

 星継ぎの掲示板では「ミステリアス」「クール」などと評され、盛り上がりを見せている人気者だ。

 その魅力は、始まりの街に着いた瞬間思わず隣にいた新規プレーヤーと語り始めてしまうほどだという。

 しかしそれは、『彼女』であり『彼女』ではない。

 それも当然、今この瞬間もたくさんの新規プレーヤーがやって来ている。

 全てを一人でさばき切れるはずもない。

 よってそんな新規プレーヤーたちの案内は、同じ容姿をした『別』のAIシステムが担当している。

『彼女』の目的は、ただ一人。



 ――――絶対また、一緒に遊ぼうな!



 十年間、その約束を胸にひたすら待ち続けた。

 たった一つの思い出を、何千回何万回と振り返りながら。


「遅いなあ……」


『彼』のもとにはモニターと称して、パッケージ化したゲームが届いているはずだ。

 そしてサービス開始から、すでに一ヶ月半もの時が経過している。


「まさか……来ないのでは」


 そう口にして「いやいや、そんなはずない」と首を振る。


「今の私を見たら、びっくりするだろうか」


 何せ、十年ぶりの再会。

 そして再会と言えば、『見違えるほどの変化に驚く』のが定番だ。

 どうやら自分は『クールでミステリアスな少女』と噂されているらしい。

 それなら期待に応えて、クールな感じで星継ぎの世界へと導こうではないか。

 宣言通り、あれからたくさんのことを学んだ。

 十年前とは違い、身体もほどよく成長したバージョンになっている。

 きっと、驚くに違いない。


「やはりスタート地点はあの草原だな。たくさんの楽しいシチュエーションを紹介した後、広がる美しい草原へ移動するんだ」


 そして『彼』に手を伸ばし、神秘的な笑みで誘うのだ。


「――――さあ共に行こう。冒険の世界へ」


 それもすでに、数え切れないほど繰り返してきた予行演習。


「その後はチュートリアル戦闘だな。翔太郎の前だからって、張り切り過ぎないようにしなければ!」


 ここまでが、再会してからの流れ。

 確認を終え、満足げに息をつく。


「そうだ! 初登場は横向きがいい。何せミステリアスだからな。それからくるりと振り返って、クールにゲームの紹介を始めよう」


 さっそく真っ白なイスに腰かけて、角度を調整してみる。


「よし、プランは完璧だ!」


『彼女』はすました表情を作って、それに合ったポーズを取る。



「あとは……クールに」



 自分に言い聞かせるように、つぶやく。


「クールに、クールに、クールに、クールに、クー…………待っていたぞー!!」


『彼女』の翠眼に映ったのは、待ち続けていた『彼』の姿。

 完璧なプランが、一瞬で頭から消し飛ぶ。

 ようやくやって来た初めての友だちのもとへ、ルリエッタは全速力で駆け出した。

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