甘美なる不幸

@souaoi

第1話

涎が垂れる。


迸る食欲は抑えきれない。


君のその表情。


今にも喰らい付きたいほどだ。


腰も抜けて足もすくんでいるのに君のその眼差しは私を殺してやると言わんばかりに鋭い。


仲間の仇討ちとでもいうのかね。


だが、もう遅い。


君は私に喰われるのだよ。


君の中にある不幸。これが私のメインディッシュさ。


怖さから滲み出る脂汗、引きつった表情筋。


あぁなんて素晴らしい。


これほどの不幸に出会うのは生きていて初めてだ。


君の頬に顔を近づける。


うなじの産毛に冷や汗が伝って流れ落ちる。


あぁ喰らい付きたい。抑えられない。


これほどまでに衝動に駆られるのは初めてだ。


君の体内で不幸は完全に熟し、食べごろを迎えた。


さて、頂くとしよう


君の引きつる表情を横目に、白く細く美しい体躯に顔を沈めた。


さらりとした肌にそっと歯を立て噛みつく。


更に高まる君の表情がより旨味を増した不幸になる。


白い体はじっとりと澄んだ鮮血に染まりゆく。


体の奥深く、腑の底、骨の髄、溢れ出す不幸はとても甘美だった。勿体なくて、余すことなく飲み干した。

これほどまでの不幸を食すのは初めてだ。



あぁ、食べ尽くしてしまった。

小さな体の隅々まで。



...


僕は彼女に不幸を食い尽くされた。


彼女は食い尽くすと満面の笑みを浮かべた。


骨の髄まで食い尽くされた僕の不幸は跡形もない。


最後こちらを見つめ何か口にしていたが意識が薄れて命絶え絶えな僕には何を言っていたかわからかった。


そうして彼女はこの場を去っていった。


意識が遠のいてゆく最中、僕の心には


何故か幸福が詰まっていた。

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