第六話 春が来た

 じいちゃんが亡くなってから、数ヶ月経った。


 あれから、僕は勉強漬けの毎日を送っていた。


 季節に耳を傾けることなく、もう3月になってしまった。


 道端が鮮やかになっていることに気がついたのは、ばあちゃんの家に帰省するためにマンションを出て、鍵を落としてしゃがんだ時だった。

 

 目線が低くなると、たくさんのものが見えることに初めて気がついた。

 名前も分からぬ小さな花々、ありやまた名前のわからない虫、猫の目線はこんな感じかと思った。


「あっ、遅れる遅れる。」

 自分に言い聞かせるように、小声で言った。

 言ったことは嘘で、周りを歩いている人に結構見られていたから、すぐに立って荷物を持って歩き出した。


 電車を乗り継いで、ばあちゃんの家から2km離れた最寄駅に夕方になって着いた。夕方ということもあるだろうが、やはりここは寒い。

 待合室に入ると、ばあちゃんが一人うたた寝をしていた。肩を叩き「ばあちゃん」と声をかけると「おおおっ、寝とったわ。ごめんねぇ。」とニコニコの笑顔で言って、「さっ、早く帰ろうな。」と小さな駐車場に止まっている軽自動車に向かって歩いていった。

 ばあちゃんの危なっかしい運転にヒヤヒヤさせられたが、ちゃんと家に着いた。


「ただいまぁ」

「ただいま」

 静かな家に向かって、二人で挨拶をする。

 手を洗ってから、リビングの方へ上がっていくと、たくさんの野菜が山盛り乗った皿と、土鍋がコンロに置いてあった。

「今日は、鍋にしようかと思ってな。」

 おばあちゃんは、コンロの火をつけるのに苦労しながら言った。

「でもさ、二人で食べるには多すぎじゃない?」

「野菜はなぁ、すぐに量が減るけん。それに、楓くんは若いし、今日は八重さんと絃ちゃんがくるけん大丈夫。」

「あっそれで。」

 なるほどと思った。そりゃ、2倍の量の食材がいる。

 ばあちゃんが、煮立った汁に野菜やら肉やらをどんどん入れて蓋をしたところで、「ごめんください。」と言って戸を叩く音がした。ばあちゃんと玄関に出ると、夏川さんと八重さんが立っていた。

「いらっしゃい。さあさ、寒いからはよ上がって。」

 ばあちゃんが、そういうと二人は「お邪魔します。」と礼儀正しく言って家に入った。夏川さんが、「お久しぶりですね。」と声をかけてくれたので「はっはい。」と頑張って返した。

 コンロごと炬燵こたつのある部屋に運んでくれと言われたで、慎重に運び、準備をしっかりして4人で鍋をつつきだした。

 さすが中学生、よく食べる。まあ、僕も一応若者なので、よく食べる。

 

 野菜も肉も3分の2無くなったところで、夏川さんが後ろに倒れた。

「えっ」

 思わず心の声が漏れてしまうと、ばあちゃんが

「あらあら、やっぱり寝ちゃうのねぇ。」

 と言って、八重さんと笑っていた。初めて八重さんが笑っているところを見たが、優しそうな顔で、そこは従姉妹だし似ているんだなあと思った。

「絃ちゃんは、炬燵に入ると寝ちゃうのよ。それにお鍋も食べたから。」

「はしたなくて、ごめんなさいねぇ。」

「いえいえ。」

 隣を見ると、夏川さんがとても気持ちが良さそうに寝ていた。

 ほんのり顔が赤くなっているので、お酒を飲んでいるようにも見えた。

 それから、残りを3人で食べ、もう締めにしようと言う話になったところで、夏川さんを起こしてくれとばあちゃんに言われた。

「夏川さん、起きてください。」

 言ってみるが、反応なし。

 肩を揺すりながら言っても、反応なし。

「起きませんけど・・・」

「仕方ないなぁ。最終兵器」

 八重さんは僕に、飲んでいたサイダーの瓶を夏川さんの首に当てるように言った。

「えー・・・それはちょっと・・・」

「まあいいから。やんなさいよ。」

 八重さんは、ニヤニヤしながらサイダーの瓶を渡してくる。

 僕の良心がそれを咎めたが、仕方なくそのサイダーの瓶を夏川さんの首元に持っていった。

「うわぁ冷たい」

 かなり冷たかっただろうに、夏川さんの反応は棒読みで薄かった。

「ちょっと、楓さん。何してくれてんですか。」

「すみません。」

 結局僕が怒られるのではないか。

「絃、あなたテレビだったら0点のリアクションよ。もうちょっと飛び起きるとかしなさいよ。面白くないわねぇ。」

 八重さんは、少し笑いながら言った。正直、こんなふうに冗談と言うか面白いことを言うんだと、驚いた。

「絃ちゃん、締めはうどん?それとも、おじや?」

「断然うどんです。」

 ばあちゃんの問いに即答した夏川さんは、結構面白かった。

 それから10分、うどんが出来上がった。

 ばあちゃんにうどんをよそってもらい、30秒くらい冷ましてから、口に運んだ。

「ん?」

 そのうどんはとても柔らかい。と言うよりとろとろで、うどんの生地を折りたたんで重ねたところが、ほぐれていた。

「どうかした?」

「いや、何でもない。」

 ばあちゃんは、「あぁあ」と笑って言った。

「これはねぇ、絃ちゃんが好きなのよ。冷蔵うどんを冷凍庫に入れておくとこうなるのよ。私たちもねぇ、そんなに噛まなくていいから楽で。」

「はぁ」

 よくよく聞くと、ばあちゃんを始めたくさんのおばあさん方は、何でも冷凍庫に入れて保存する癖があるようで、うどんも冷蔵だとしても冷凍庫に入れて保存するらしい。そのうどんを使って作ったシンプルなうどんを夏川さんが気に入ったらしく、それから冷凍するようにしていたそうだ。

 僕的には、コシの強いうどんが好きだが、案外このうどんも時々なら美味しいと思う。

 それにしても、夏川さんはやはり変わっていると思う。

 まるでその声が聞こえたかのように、夏川さんがこちらを向いて

「なにか?変わってるとでも言いたいんですか?」と言った。

「何も言ってないよ・・・」

 何でわかるんだよ。

「そんな顔してたじゃないですか。」

「・・・。」

「図星ですね〜」

 夏川さんは、ニヤニヤしながら言ってきた。やはり、八戸さんの孫なだけあってその表情は似ていた。

「まあ、認めます。」

「よっしゃ。」

 ニヤニヤからニコニコに変わった夏川さんの顔は少し赤く、まるで酔っ払った人みたいだ。

「楓さん」

「何ですか?」

 うどんを食べ終わった夏川さんが、真剣そうな顔で話しかけて来た。

「明後日、空いてます?」

「まっまあ・・・何か?」

「ちょっと付き合ってくれません?行きたいところがあるんですけど、諸事情により一人じゃ難しいんですよ。」

 諸事情とは?という疑問を押し殺した。顔を逸らして言う夏川さんにそこまでのことを聞く勇気はなかった。

「いいですよ。」

「ありがとうございます。じゃあ、駅に午前9時集合で。」

「はっはい。」



 こうやって、明後日の予定は埋まった。

「夏川さんと二人でどこかに行く」

 これは、デートと言うのだろうか?いや違うな。

 

 初めての家族以外の誰かと一緒に出かける予定が夏川さんとだとは思っても見なかった。


















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コミュ障の二人 立花 ツカサ @tatibana_tukasa

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