第五話 じいちゃんと夏川さん

 じいちゃんは家のベットの中で亡くなった。


 数時間前までは笑っていて眠りながら亡くなったらしい。


 昼寝が大好きだったじいちゃんらしい最後だ。



 連絡をもらって、親戚のほとんどが次の日には集まった。


 その場にいる全員が悲しんでいた。

 だが、ずっとそうしてはいられない。


 親戚が集まってこれからのことについて話していると、戸を叩く音がし、「ごめんください。夏川です。」という上品な声が聞こえた。

 ばあちゃんが出ていき、帰ってくると黒いブレザーの制服を着た夏川さんと渋めの着物を着たお婆さんが部屋へ入ってきた。

 お婆さんが「この度は誠にご愁傷様です。心よりお悔やみ申し上げます。」

 と言われ二人は同時に同じ角度でおじきをされた。

 親戚一同、連絡してからすぐに来てくださったことにとても感謝した。

「八重子さん、お手伝いよろしくお願いします。」

「お姉さん、私はなんでもいたします。絃には台所をさせますから。」

 すると、母さんが

「そんな、まだ絃ちゃんは中学生なんだから手伝いなんていいわよ。」

 すると夏川さんが少し後ろから大きな鍋と大きな買い物袋を持ってきて

「いえ、おじいさんにはとてもお世話になりましたので、これくらいのお手伝いはさせてください。」

 その言葉にみんな「じゃあお願いします」としか言えなかった。

 話し合いに夏川さんのお婆さんである八重子さんも入り、少しずつ決まってきた。

 夏川さんは、上着を脱いで袖を捲り、黒いエプロンをして台所に立っていた。

 持ってきた大きな鍋に様々な野菜を入れていく。

 僕がお茶を取りに近くへ行くと

「お久しぶりですね楓さん。」

 と声をかけてくれた。何を作っているのかと聞くと「芋煮です」とすっぱり答えられた。

 僕が今住んでいるのは九州で、今いるのは西日本で、一度だって食べたことののない料理だ。なんかテレビでショベルカーで作っていたのを見たことがあるような。

「芋煮の中でも山形の方の芋煮です。野菜がたっぷり入ってますし、お肉も入っていますし、それにあったかくて優しい味のものが皆さん食べやすいんじゃないかと思って。」

 野菜を切りながら夏川さんが答えた。

「すごいね。料理もできるんだ。」

「まあ。」

 料理をしている制服姿の夏川さんの横顔が太陽の光を受けて、とても素敵だった。

 夏川さんを眺めていると、奥の部屋から小学生が二人、中学生が一人、高校生が一人、計四名がバタバタと台所へやってきた。

 親たちが話をしていて構ってくれないのでつまらなくなったのだろう。

「絃ちゃん何作ってるの?」

 小学五年生の加恋ちゃんが話しかけた。

「芋煮だよ。美味しいから待っててね。」


「いっちゃん遊ぼ。」

 加恋ちゃんの弟小学2年生の功太が言った。

「ごめんね。いっちゃんお料理してるの。」


「絃ちゃん、なんか食べるものないかな?お腹減っちゃって・・・」

 中学2年生の伊吹が、夏川さんより背が十センチ以上高いくせに少し屈んで上目遣いで言った。

「そう言うと思って、家で残った惣菜饅頭持ってきたよ。テーブルにある袋の中にあるからレンチンしてどうぞ。」

「よっしゃー」


「ごめんね絃ちゃん。」

 最後は伊吹の兄の蛍(ほたる)が話しかけた。

 この兄弟はとても顔が似ている。ちなみに蛍は高一だ。

「いいえ。お腹が空くってことはいいことだし、おじいちゃんも『腹が空いたら食べること。それが生きるってことだ。』って言ってましたから。」

「そうだな。俺もいただくかな。」

「どうぞどうぞ。」

 笑顔で夏川さんは言った。


 こう見ると、他の親戚たちはかなり夏川さんと仲が良かったんだなと思う。僕だけが夏川さんのことを知らなかったんだと気づいた。


 四人は惣菜饅頭を食べながら「うめぇ〜」だのなんだの言っていた。

「楓さん、他の親戚が私と仲良かったことを知って絶望してました?」

 自信ありげな顔で言われて悔しかった。

「夏川さんは心が読めるんだね。」

 そんなことないですよ。と少し笑いながら言われても信じられるわけがない。


 また僕らが奥の部屋に退散して、親にあれをしろこれをしろと言われ少し働いていた。

 お通夜の少し前に子供だけ先に食べろと言われ、夏川さんの作った芋煮を食べた。

 大きめの椀に入れられた芋煮は、思っていたものより鮮やかで、味は優しく懐かしさのあるような体にも心にも沁みる味だった。

「絃ちゃん美味しい。」

「うまい」

「絃ちゃんこれおかわりとかOKのやつ?」

「うまっ。最高!」

「おいしい・・・」

 五人から一気に言われて夏川さんはとても嬉しそうだった。

 

 突然功太が泣き出した。全員びっくりして泣き止ませようと必死になり、親たちも数人駆け寄ってきた。

「ごれ・・・じいじにもっ・・・あげだい゛・・・」

 この功太の発言を聞いたその場の全員が涙を目に浮かべた。

 みんなが黙り込む中夏川さんが口を開いた。

「この芋煮はね、おじいちゃんに作ってあげてとっても喜んでくれた料理なんだよ。こうくん大丈夫。おじいちゃんも食べてるよ。」

 功太は笑顔になったが、周りはもっと涙が出そうになった。


 お通夜が終わり、大人たちも夏川さんの作った芋煮を食べた。

 ばあちゃんが、夏川さんが芋煮を作ってくれた時の話をして、その場の全員が涙ぐんだ。














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