第4話 夏川さんの家族
今日も夏川さんが来ることになっている。なぜだか少し楽しみだ。
「おはようございます。」
「はぁい。」
夏川さんは、ばあちゃんに出迎えられ、僕の部屋へやってきた。
「失礼します。おはようございます。」
「おっおはようございます。」
夏川さんは、昨日と同じ位置に座って勉強をし始めた。
昨日と同じだ。
部屋の中には、お互いの出す最低限の音しかない。
夏川さんは、今日もピッタリ2時間勉強をして寝ようとしたので
「夏川さん、一回お茶飲みませんか?」
ちょっと待ってください。と言って台所へ行くと今日は、ばあちゃんがココアを用意してくれていた。
夏川さんの元へ持っていくと小説を読んでいた。
「どっどうぞ。」
夏川さんは顔を上げると
「ありがとうございます。」
とても優しい笑顔でそう言いココアを飲んだ。
「あっっづ・・・」
ココアの熱さに舌をやられ顔をしかめる夏川さんを見て少しだけ笑ってしまった。
「なんですか?猫舌で悪いですか?」
「いや、そんなこと思ってないけど。」
「そんな顔してました。」
「そう見えたなら悪かった。」
僕も、ココアを飲んだ。
「あ゛っっっづ・・・」
夏川さんが顔を隠しながら笑っている。
「なんか面白いですか?」
「いっいえ。ははっ・・・なんでもないです。」
笑われた・・・めっちゃ笑ってた・・・
「勉強好きなの?」
夏川さんは振り返って僕の方を見ると
「ん〜結構好きかもしれません。勉強した分だけ自分のものになりますし、勉強してて褒めない人いないじゃないですか。」
「えっ?」
褒められるためにも勉強してるのか・・・
「誰だって『すごいね〜』とか『うちの子もそうならいいんだけどね〜』って言ってくれるじゃないですか。私にはそれぐらいしかないんで。」
そう言う夏川さんの顔が、少し悪い顔に見えた。
「そっそっか。確かにそうだね。」
「もっと言えば、ん〜・・・例えば、礼儀正しくしたり、ばあちゃんの手伝いしたり、人の目を見ながら話したり、そんなことするだけで好感度めっちゃ上がりますよね。私は褒められることを欲している人間なんですよ。」
少し怖かった。六歳も下の女の子に、社会の中で「いい人」として生きていくための極意を教えられているようだった。
現実の中で正しい人間として生きるこの少女はなぜ、こんな出会って間もない僕にこんなことを言ったのだろう。
他の人にやるようにいい人でいればいいのに。
「どうして、僕にそんなこと言うんですか?」
「それは、楓さんに嘘をつきながらこれからも会って、どこかで私の嘘に気づいたら、裏切ったと思われると思ったからです。」
夏川さんは少し悲しそうな顔をしていた。
「そっ、そういうことですか・・・確かに思うかもしれません。」
僕は俯いて答えるしかなかった。
「多分楓さんは、そういうことを何度も経験してきた人だと思ったので。」
夏川さんには、何もかも見透かされている気がした。
生きてきた中で、こんな風に自分のことをスッパリと言われたのは初めてだ。
それから二日後、僕ら親子が帰る日。
夏川さんとそのおばあさんが家まで来て見送りをしてくれた。
夏川さんのおばあさんは渋い色の着物を着ていて、どう考えてもうちのばあちゃんの妹とは思えないような怖い顔をしている人だった。
「三人とも、おじいちゃんのお見舞いに来てくれてありがとうね。気をつけて帰ってね。」
「楓さん、勉強させてもらってありがとうございました。」
夏川さんは、最初に会った時のように綺麗なお辞儀をした。
「楓さん」
「はい。」
夏川さんのおばあさんに呼ばれ、びっくりして返事をした。
「絃がお世話になりました。今後ともよろしくお願いします。」
夏川さんのおばあさんも綺麗なお辞儀をする人だ。
「こちらっこそ、あっありがとうございました。」
なかなかぎこちないお辞儀をしてしまった。
そして、手を振って見送られながら家を出た。
車の中で母さんが
「絃ちゃんもいい子よね。だって、両親が出ていったって言うのに八重子おばさんが厳しいのもあるけどよくできた子になって。」
「えっ・・・」
「楓、知らなかったのか・・・」
父さんに言われた。
「う・・・ん。」
「そう言う事情がある子だから考えて接しろよ。」
「・・・。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます