第2話 二人を知る

 夏川さんは、僕が使わせてもらっている和室へ「お邪魔します・・・」と言って入ってきた。

 座布団を敷くと「ありがとうございます。」と言って座った。

(どこまで礼儀正しいんだ・・・逆に怖い・・・)

 その考えは、後に当たることになった。


 カバンから筆記用具とワークとノートを出してきて、机の使っていないところに置いてすぐに勉強を始めた。

 その手が止まることはなかった。

 部屋にはシャーペンを動かす音と僕がパソコンを叩く音、そして微かな二人の息遣いしかなかった。


でも、僕はそんな時間が2時間続いても苦痛ではなかった。

むしろ、気持ちがよかった。

お互いが自分のすべきことをしている。

部屋に響く音は必要最低限。

『あぁーなんて気持ちがいいんだろう。

今まで、人と同じ部屋で作業していてこんなに楽だったことがあっただろうか。』


急に、夏川さんの手が止まった。

腕時計を確認すると、いきなり机に突っ伏した。

『えっ?』

たっ、多分夏川さんなりの休憩なのだろう。

確かに2時間も作業すると僕もかなり疲れた。


ちょっと飲み物が欲しいと思い、静かに立って台所へ向かった。

 台所へ行くとばあちゃんが何か作っていた。蕗の薹(ふきのとう)があったので毎年送ってきてくれる「蕗味噌」かもしれない。

すると、ばあちゃんは振り向いて

「楓くん、休憩かい?」

と聞いてきたので「はい。」と答えると、ばあちゃんはちょっと笑いながら

「絃ちゃんはねぇ、緑茶の中に梅干しが入ってるのが好きなのよ。

渋いでしょう。あれはねぇ、私の従姉妹の八枝おばさんの影響よ。」

と言って急須を棚から出して、大きな梅干しの実を細かく刻んで、緑茶のパックと一緒に急須の中へ入れた。

それと茶飲み茶碗をお盆に乗せて僕に手渡した。

「部屋にあるポットのお湯をわかしてお茶を入れてあげなさい。

絃ちゃん喜ぶわ。」

「はっはい・・・」


 お盆を持って部屋に帰ったが、まだ夏川さんは起きていない。

お湯を沸かしていると、夏川さんが顔を上げた。

その顔には、ノートの跡がついていた。

 そこは知らないふりをする。


そしてまた、勉強を再開しようとしていたので

「あっ、今お茶入れるからちょっと待って・・・」

「・・・はい」

お茶を入れて夏川さんに渡すと「えっこれって・・・。あ・・・おばさんが教えたんですね。」と言ってお茶を飲んだ。


「美味しいです。ありがとうございます。」

夏川さんは初めて少し笑った。

それから会話は繋がらなかった。

でも、僕は大学生の意地で話をしようと頑張った。

「あっあの・・・なんのべっ、勉強をしてたんですか?」

夏川さんは

「数学と理科です。好きな教科なので・・・」

「そっそうなんですね。僕も、理系の大学に行ってるから数学と理科は楽しかったですね。

なんで、数学と理科が好きなんですか??結構難しいだろうし。」

すると夏川さんは即答した

「答えがあるからです。正しい答えが存在しているからです。数学と理科は裏切りません。」

「そっか・・・」

ここまで即答されるとは考えていなかった。

ちょっと間を置いて、少し申し訳なさそうに

「あの・・・ひとついいですか?」

と聞いてきた。

「なっなに?」

夏川さんは僕のパソコンを指差しながら

「パソコンを少しだけ見せてもらってもいいですか?

大きいし、ちょっと気になって・・・」

「あっこれ・・・いいですよ。」


 

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