第65話・救済
『あぁぁぁいたかったわよぉォォォ愛しのクソマンコッ!!』
なんだ。出来るだけ多めに使ったC-4で壁を吹っ飛ばしたってのに、生きてやがるのか。まあいい。もう死んだか、これから死ぬかの些細な違いだ。
カマ野郎が待ち受けていた部屋に入ると、最後に殺したクソの首を床に放った。喉を掻き斬った時に勢い余って千切れたものだ。くく、死んでから吃驚したようなツラになってたよ。芸としちゃあ随分笑えるな。
『……なんの真似?アタシが生首なんぞにビビるとでも?』
そんな諧謔と共にカマの足下に転がしたが、まあ予想通りの反応。お前がそこで焦るような可愛いタマかよ。
「土産だよ。お前の役立たずの手下共がご挨拶したいんだとさ。ほら、役立たずにご褒美を与えてやればいい」
『………役立たず、ねェ……いいえ、シンシア。このコたちは大変良く出来ました。生まれて初めてアタシに褒められるという栄誉に浴する機会を与えてあてましょう。よくやったわ。もうこの世にいないデクノボウ共』
……皮肉でも言っているのか?らしくない真似をしやがる。
最後の一本になったコンバットナイフを逆手に構え、油断なくカマ男に相対する。
奴の顔は、金属製の仮面に覆われていた。右の目と目の下の素肌だけが露出し、それ以外は鈍い銀色に隠されている。医療用のものかケレン味で着けたものかは知らないが、なるほどあのバーで顔に一発喰らわせてやったというのは私の記憶違いではないらしい。ただ単に、このクソが常識外れの体を持っていた、というだけのことだ。
『……なぁかなかいいお顔になってるじゃぁないの、シンシアちゅわぁん。アナタにそんな顔させたられただけでアタシは愛すべき役立たずに感謝出来るってものだわ』
てめぇに気に入られるようなツラってのは何だ。クソ面白くもない。お前をイラつかせられるというのなら何だってしてやる覚悟はあるが、その逆だと?何だ。一体何が起きている…さっきから頭がクラクラする。視界が狭い。体もなんだかふらついて抑えが効かない。
あの時だ。確か……何だ?何があったのだ。酷く不快にさせられたような覚えはあるが。いや、いい。別にどうでも。此奴を殺せればそれでいいんだ、私は。いや、殺す?殺してどうする。殺す。それでいいのか。いや、いい。もういい。殺せばどうにかなる。殺す。だから殺す。殺す殺す。
『……なぁんだかねぇ。お顔はアタシ好みになったのに、なんかつまんないこと考えてみるみたいだけど。どぉする?お嬢ちゃん…………あ、そう。ま、アンタにまで怯えられたんでは気の毒にもなろうってもんよね。シンシアちゃん?ガキ殺しのシンシア・ヴァレンティン?あんたは覚えてはいないでしょうけれど……アタシはね。アンタに殺してもらえなかったガキなのよ?ガキ殺しのアンタがガキを殺せないってどういうことなのさ。イイからすぐさまそのダラしねぇ態度改めてコッチ向きやがれクサレマンコがーーーーーッッッ!!』
よく分からないが失礼なことを言われていることだけは分かった。よし殺す。誰が。誰を。私が。コイツを。コイツ?殺す?なんでだ。殺すのは簡単だが、殺す理由…?
『ガリウスのクズをアンタが殺したように、アタシも殺すがいいわ。アノ時出来なかったことを今するがいい。こちらは、殺してもらえなかった礼をするだけよ』
?……なんだ、お前殺して欲しいのか。じゃあいいじゃないか。話は簡単じゃないか。私がお前を殺せば、全部終わりだ。それで解決。何も、何も問題は、無いのだろう?
『問題は、ないのだけれどねェ……いいわ。少し昔話をしない?』
「話なんぞしてる場合か?」
『聞きたくないのなら別に構わないけどぉ…アタシの遺言だと思えば、アンタも多少は聞く気になるのでないかしら?』
遺言か。随分殊勝なことを言いやがる。まあいい。なんだか疲れた。一休みには丁度良い按配だろう。
「……言ってみろ。ただし、妙な真似をしたらすぐに殺す」
『アハハハハ…まあ、いいわ。お座りなさいな。そこのクソ餓鬼にも聞かせてやりたい話だものね』
クソ餓鬼?他に誰かいるのか。まあいい。お前を殺せれば私はそれでいい。
「で、なんだ」
油断なくナイフを携えたまま、片膝立ちに腰を落とす。何か異変があればすぐに動けるように、だ。
だがそんな私の警戒を嘲笑うかのように、カマ男は胡座なんぞかいて…やや大仰な動作に見えたのはケガでもしているせいか…、仮面のせいで表情を捉えにくい顔をこちらに向けて話を始めた。
『……アタシはねぇ、ガリウスにいたことがあるのよ。丁度アンタと同じ頃にね。アンタがあそこのクソ共の慰みモノになっている間、アタシも同じようなコトをしてた。これでもね、見目麗しい美少年だったのよ。昔は。だから、ケツ穴も竿もいいようにオモチャにされていたの』
まああり得る話だな。私と一緒にいた子供たちの中にも、そんな少年はいたと思う。
『アンタは覚えてはいないでしょうけどね、アンタがぶっ潰したガリウスのアジトにアタシもいたのよ。ガリウスのクソ共は皆殺しにされて、アンタが火を掛けて。アタシも焼き殺されるところだったわ。…でもまあ、そうはならなかった。どうしてかしら?』
「知るか。目に入ったものは全部殺した。クソ共も、虐げられていた子供たちも。お前が生き残ったというのなら、単に運が悪かっただけのことだろう」
『そうね。運は、悪かったわ。確かに。あの時アンタに殺されてりゃあ、今頃こんな風にお話することも無かったでしょうにねぇ。けど事実としては、アタシは殺されず、あの煉獄の中で生き残らされた。それでどうなったと思う?』
「あの連中を遥かに超えるクソになった。違うか?」
『その通りよ。アタシはアタシをそんなにしたクソを許せなかった。そして、アンタと同じようにあのクソ共を殺せなかったアタシを許せなかった。だからそうなろうとした。あの時アタシを殺さなかったアンタを殺そうと思った。そして、逃げて、姿も変わったアタシはガリウスの残党に潜入して、こうなった。そういうことよ。分かった?』
分かるか、ボケ。
自分を自分で見目麗しい美少年だと?それが長じてこんなクソマッチョのクソカマ野郎になった。当時見覚えがあっても面影がなさ過ぎる。つまらん冗談だ。まあいい。殺し損なった、というのなら今から殺せばいい。クソくだらん話を聞かされたが、やることに違いなどない。
「アキコ!」
『おだまんなさいな、餓鬼。もうアンタの声なんかシンシアには届きゃしないわよ。見える?もう生きてるのが不思議なくらいな有様よ。アレはもう、人間を殺すことだけを目的にして動く殺人鬼よ。
「……アキコ!アキコ!!…ピュロスは……」
何かが喚いている。五月蠅い。もう何も話すことなどない。コイツを殺し、それで終わりだ。その後には何も残らない。殺す。殺す。殺す。
『なぁによ…もう動けないの?頭を半分無くしたみたいになって、出来ることといったら人間を殺すことだけ。そんなアンタが動けなくなったらもう存在する価値も無いじゃないのぉ。……さあ、立ちなさい。立ってアタシに殺されなさい。それがイヤならアタシを殺すの。殺せ。殺されろ。死ね。生きることなど……アンタに許されるわけがねェってもんだろうがァッ!!』
私が動くより先に立ち上がったヤツは、消えた。見えない。どこだ。
「ぐふっ!?」
横から蹴り飛ばされた。受け身を取ろうにも手足が動かない。なんだ。私の体はどうなっている。頭を打ったらしい。目眩が…今さらか。もうさっきからずうっと、体が真っ直ぐなのか横になっているのかも分からない。だが感触も無い手にナイフを握っていることだけは分かる。それを前に向けた。ああ、蹴り上げられた反動で起き上がることだけは出来たみたいだ。ありがとよ。
『ふん。いっちょ前に構えだけはとれるのね。いいわ。やる気はあるみたいだから、遠慮無く…』
見えたのは、拳銃を構えてこちらに向ける姿。だがこの距離なら…。
「アキコぉっ!」
……動けなかった。射線は見える。そこからずれて直撃を避けることくらいは出来ると思ったんだが。
『ザマぁ無いわ。アンタね、ちょっとはマジメにやんなさい。ギャラリーに少しくらい期待持たせたっていいでしょうに。ねえ?』
もう一発。当たった。先に当たった左の肩に続いて右の脛が砕かれた。歩くのも難しくなる。不思議と痛みは無い。どうしてだろう。
『そんな有様でまぁだ立ち上がろうとする生き汚さだけは褒めてあげるわ。アタシもね、無抵抗の相手を嬲るような真似はしたくないの。心が痛むでしょう?』
「アキコ…っ」
破裂音。撃たれた。まただ。
「……くそ」
次の一弾は何処に当たった。自分の体なのに、もうそれすら分からない。右手…動く。左腕と右足はもうダメだろう。左足……なんだ。熱い。胸が熱い。痛みも分からないのに、熱いのだけは分かるのか。地面にへばりついたような頬が、熱い。おかしいな。地面が熱いのか?なんだ。血か。私の血だな。今更か。
『…弱っちくて予定が狂ったわ。出来ればマトモだったアンタの前で、あの餓鬼を輪姦してやりたかったのだけれどねぇ……そんなことをしても意味無さそうだし。ま、安心してお逝きなさいな。アンタの愛しいベイビィはぶっ壊してから送ってあげる』
ベイビィ?……何のことだ。愛しいとかわけがわからん。私はお前を殺せればそれでいい。その為にここに来た。それは果たせなかったが、まあいい。別にだからといってどうとも思わん。死ぬ。私はここで死ぬ。死んだ後のことなんざ知ったことか。
『………つまんないわ。アンタ、ここまでされてまぁだアタシをぶっ殺すことも出来ないの?ああ、つまんない、つまんない。期待外れもいいトコじゃないの。……オラ、起きろ!立ち上がってナイフを取れ!ガリウスの地獄を潰したアンタがアタシに殺されることなんてあっていいワケがあるか!!』
勝手なことを言いやがる。大体、私を動けなくしたのはお前だろうが。怒鳴られようが蹴られようがもう指一本も動かせやしない。大体、なんだ。もう心臓を撃たれたんじゃないのか?それで生きてるわけがないだろうが。私は死んだ。死んでいる。もう好きにしろ。
『起きろッってんでしょうがァァァァッ!!』
私の体をまた蹴り飛ばし、仰向けになったところを馬乗りになって顔をぶん殴ってくる。そんなことをしても意味無いだろうが。こっちはもう死んでるんだぞ?
『動け!動け!生きろ!殺せ!死ね!殺せ!死ぬな!殺せ殺せ殺せ殺せ……アタシを殺してみせろクソマンコがッッッッ!!』
両の拳を振るわれる。右、左、右、また右、もう一度右。正面から鼻を潰される。また左。左。右。正面。おい、お前、拳が潰れていないか?そんな泣きそうな顔をして死体を殴ったって仕方ないじゃないか……………………泣く?なんで、お前が泣くんだ。泣きたいのはこっちだろうがよ。何もかも打ち捨てて助けに来たのに、それも果たせずこうして無駄死にする。泣きたいに決まってるじゃないか………ああ、ピュロス…お前、まだ生きてるか?今のうちに逃げられないか?コイツは、私が抑えておくから……頼む、逃げて………。
「……ッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、…………殺して……殺してよォ……頼むから、アタシを殺して……この地獄から、救ってよぉ……お願い、お願いよ……シンシア、アタシたちを、救ってよぉ………」
……なんだろうな。そんなこと言われても、お前、私を殺したじゃないか。死人にそんなことを頼むものじゃないだろうが。
「…………しんしあぁ……おねがい、おねがいだから………ねえ、ねえ…ねえってばぁっ!!」
無茶言うな、くそ……だから、そんなに泣くな…………わかったよ、お前を殺すことは出来ないけれど、せめて一緒に死んでやる。だから、泣くな。一緒に逝ってやるよ。いいだろう、それで。
辛うじて動く右手。ナイフはとっくに取り落としているが、腰にあったものに気がついた。
必死に手を運び、そこにやる。良かった、まだあった。あとは、まあ、感触も失せた手でなんとかやれることを願うしかないな。
「………シッ、シン…シアァ……」
仮面は外れていた。酷いツラだ。まあ、私がやったんだけどな。
まあいいさ。どうせ私だって似たような有様だ。
「………あっ、ああ……ああああああああああっ!!」
とうとう大口開けて泣き出しやがった。くそ、泣く子供には逆らえやしない。昔から私はそうだ。あの煉獄の中、泣きながら殺してと乞う子供たちを、私も泣きながら殺したんだ。今も、やることに変わりは無い。
「アキコっ!」
お前さっきからそればっかりじゃないか、ピュロス。私を呼んでる暇があったらさっさと逃げ出す支度をしろ。これからここは、酷いことになるんだから。
右手、握ったものを確認。確かにある。そうしたら、思い出した。そういえばそうだったな。
ピンを抜く。もう握る力なんか無いから、早くしないと。
「シンシアぁ、シンシアぁぁぁ………お、母さん………お母さぁぁぁん!!」
失礼なやつだな。私は子供を産むことなんか出来やしないのに。
でも、いいさ。お前の気がそれで済むなら、母親にでもなんでもなってやるよ。だから、泣き止め。もう、悲しいことなんかなくなる。
私は、大きく開かれたカイルの口に手榴弾を突っ込んだ。私の、もう原型を留めていないだろう顔で笑いかける。見えたかな。見えていれば、いいな。
腫れて薄くしか開かない目から覗く視界には、肉が抉れてはいたけれど、泣き笑いで満たされた子供の顔が、見えていた。
そして、爆発が全てを覆い尽くした。
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