第64話・血戦

 M4を抱え、セレクターを単射に。ドットサイトは距離に合わせて既に設定済み。30というところか。ランプに照らされた人影は二つ。何を話しているのか…あのクソカマ野郎、などと罵っているところから恐らくは連中のボスである蜉蝣の文太に対する文句を言っているのだろう。

 同感だな、私もそう思うよ、と呟きながら引き金を引く。

 ただ一つの光源であるランプを破壊。当たり前のことだが、同時に辺りは暗闇に覆われた。

 二人の男は早速怒号と共に右往左往し始める。こちらはヘルメットのバイザーを下ろし、完全な闇に対応する。微かな光もない完全な暗闇では微量の光を増幅するタイプの暗視装置は役に立たない。今被っているヘルメットについているのは光源だけではなく赤外線も含めた複数の情報を統合してバイザーに投影する装置だ。いつぞや冬山で無くした私物のヘルメットに似たものだが、アレとは違うルートで開発され、実際に軍の特殊部隊用に配備されているものだ。性能は紛失したアレほどではないものの、実際に軍でも使われているだけあって信頼性も高くコンパクトだ。今回のように長時間着用する必要のある行動時は助かる。

 これは神崎を介して自衛隊から調達したものだ。廃墟と化した地下街に潜入するなら必要なものだろう、とかなり無理を言った…と思ったのだが、わりとすんなり貸してくれたのはいつぞやの作戦で自衛隊の連中に妙なシンパシーを得られたことによるものだろう。ま、借りたといっても返すことが叶うかどうかは怪しいところだが、そんなことは向こうも承知の上だろうさ。

 …目を潰された男たちが慌てふためく中、こちらはM4を背負ってナイフを取り出す。


 「クソったれ!!例のクソ女の仕業だ!」

 「何処にいやがる!出てこ……」


 …出来ればクソ女呼ばわりした方を先に仕留めたかったが、位置的にそれは諦めて、もう一方の男の背後に回り、口を塞ぐのと喉をかっ切るのを同時に行った。豆腐に包丁を入れるように容易く割かれた喉から生ぬるい液体が吹き出る。しかし右手もナイフもそれで濡らすことなく、即座に次の標的に忍び寄る。


 「お、おい?どうした!」


 急に静かになったことで異変を感じたのだろう。いや、異変というのであれば銃声と共に灯りが消えた時点でそうなのだが、人間を殺したことがあるかどうかも怪しいアマチュアは、ヘルメットのバイザーに映る赤外線像では立ち尽くしているように見える。

 そして目の前にこちらがいることも恐らく気がつかなかったことだろう。つい数秒前に人間一人の命を奪ったナイフはそのまま次の人間の胸に突き立てられ、音も無く男は崩れ落ちて終わった。

 三度目。全員をナイフで仕留め、これで八人を殺した。

 時間が惜しい。捕らえられたままのピュロスの安否が気になる。焦る気持ちを抑え込むように、倒れた男の汚いジャンパーでナイフの血糊を拭い、腰の後ろの鞘に収めた。




 (……あと何人殺せばいい)


 それから四回。同じようなことを繰り返し、その度に人間を殺した。どいつもこいつも殺すのに躊躇うような善良な連中じゃあなかっただろうが、かといって平気でいられるものでもない。

 刃物で人間を殺すのは、酷くくたびれる。銃の発明は何の躊躇いもなく向き合う人間を殺す「兵士」を大量に産み育てた、とどこかの歴史の本で読んだ覚えがあるが、なるほどその通りだ。

 私が暗殺の手段としてはライフルを好むのは、それが容易であることにも拠るが、こうして刃物で繰り返し殺人を繰り返すと、いつかガリウスを潰した時の自分の有様がまたこの身に憑依しつつあるのではないか、と錯覚を起こしそうになるからだ。

 愛しい少女を救う。その為に行動を続けている今とでは全く事態が全く違うだろうに。

 ヘルメットを操作し、外音取り込み機能を起動。すぐ近くに敵の気配は無い。

 バイザーを上げてライトを点け、地図を取り出して現在位置を確認する。あまり大きな地下街ではなく、入り組んだ箇所は無い。大雑把に言えばほぼ一本道だ。それだけにこちらが何処から進入して何処に向かっているのかは容易に分かり、待ち構える場所の設定も難しい話ではない。

 だが、それはこちらも同じことだ。一つ言えるのは、だ。あのカマ野郎が恐らく、私を手下に殺させるつもりは、ない。少なくとも口を利ける状態には留めておくだろう。

 何故それが分かるのか?あのカマ野郎は、理由は分からないが私を汚すことに執着しているからだ。汚す?いや、これ以上汚れようなどない私を、どうしようというのか。


 (考えても始まらない、か)


 どちらにしてもあのクズを目の前にすれば、頼んでもいないのにベラベラ喋ってくれるだろうさ。

 それを精々楽しみにしながらバイザーを下ろした。即座に暗視装置の統合画面が目の前に表示される……が。


 (…?光学が働いている?どこかにいるか…?)


 熱源、音響、光学のうちどのセンサーが稼働しているかのインジケーターが全部点灯している。つまり、僅かな光を拾い上げてセンサーが捉えていることになる。

 今のところ、ライトの類は人間のいるところにしか存在していなかった。それに倣うのなら近くに敵がいることになるが。

 …音響センサーの作り出す地形の表示を慎重に確認しながら移動。光源を持たなくとも移動が出来るのがこの装備の利点だ。肉眼で発見される心配は無い。

 だがそれでも、見られている気配はする。殺気のようなものとは微妙に異なり、首の後ろがチリチリするような嫌な感覚はしないものの、気持ちのいいものではない。


 (赤外線か?)


 そんな装置を相手が持っているのか。今までのところそんな様子は無かった。だがここから先もそうであるという保証は無い。

 動きながらリュックを下ろし、中から筒を一本取り出す。捻って捻じ切ると微かな光が付き、グローブ越しでも感じるほどの熱が発生した。それを右手の離れた所に放ってリュックを背負い直し、投じたものがから距離を取るように進路をとった。

 熱源センサーを攪乱するトーチで、十秒ほどすると弾けて熱源をばら撒くものだ。役に立つかどうかは分からないが、やらないよりはマシなことを繰り返し、少しでも目的の達成に近付く。大丈夫。まだ私は冷静だ。

 その甲斐あってか、こちらを見ているような気配は薄れた。やはりどこかで監視されていたのか。今のうちに移動する。……なんだ。監視されている様子は薄れたが、何か嫌な感じはする。トラップ?そんなものを仕掛ける余裕があるとも思えないが…いや待て、これは…どこかで覚えがある。暗闇を進み、待ち構えている警備を潰すことを繰り返して、その先に何があったか。

 

 (まさか)


 と、思った瞬間だった。

 地下通路の向こうの方。一点の光が灯ったと思った次の瞬間、センサーが短い警告音を発した。その正体を把握する間も無く続いて危険を知らせるブザーが耳元で鳴り響く。


 「うるさいッ!!」


 怒鳴ると同時に地面に身を投じる。迫るものの正体などすぐ分かる。闇の中、火炎を吐いて高速で飛んでいったものが先ほど投げたトーチの真上辺りで爆発した。

 炸薬の量としてはそれほどでは無かっただろうが、明らかに擲弾と思われたそれが爆発音と猛烈な光を放った後、怒鳴り声が迫る。

 と同時に曳光弾混じりの銃撃が襲う。くそっ、伏せていたから良かったが、数瞬前まで自分の体があった場所を光の筋が通り過ぎるのを見て舌打ち。

 こんな崩落間近な地下街跡で爆発物とか奴らは阿呆か。

 迫る連中は発光トーチをかざしながら迫ってきた。中にはこちらに向けて投げる奴もいた。その光る棒が落ちた辺りを中心に部分的に崩れ落ちた天井が目に入った。今の爆発で崩れたものか、それ以前からそうなっていたのか。

 どちらにせよ、敵はこちらを目がけて闇雲に発砲しながら迫ってきた。数としては十かそこいらか。業を煮やしたか、ボスに叱られて仕方なしにか。どうでもいい。灯りを持ちながら近付いてくるならやることは一つだ。

 伏せたままヘルメットのバイザーを上げ、M4を構える。三連バーストに切り替え、ライフル片手の男たちを次々に狙い撃つ。三人撃ち倒した時、こちらの位置がバレる。眼前に着弾し、弾かれたコンクリの塊がヘルメットに当たった。クソ、調子に乗りすぎた。

 即座に立ち上がって残弾を撃ち尽くす。牽制にしかならないが、弾倉を交換しながら場所を変えるには充分だ。

 暗いところを目指して体制を低くしながら駆ける。我ながら間の抜けた真似を…と思った瞬間、一弾が左の肩に当たった。直撃ではない。だがスーツの繊維と肩の肉を抉られ、激痛が襲う。


 「くっ!」


 構わず移動を続ける。転けるように物陰に滑り込み、隠れながら狙いもせずにフルバーストで斉射。一発当たったらしく、罵りの怒号がすっかり明るくなった地下に木霊した。

 だが、拙い。こちらが有利でいられるのは、姿を捉えられずに一人一人片付けていけていたからだ。人数と火力に差があって存在も見つかっている限り、いつかは押し切られる。そして退くという選択肢も無い。

 せめて爆発物を遠慮無くばら撒ける状況ならまだマシだったが、それをやったら崩落の危険がある。考え無しに擲弾だのなんだのを使える馬鹿と同じ真似が出来るものか。


 「出てこい!」


 ……万事休すか。隠れた場所も既にバレている。人数で敵わないというのはこういうことだ。ヤクザの鉄砲玉みたいな連中だけだったならまだ油断を誘うことも出来るだろうが、どうも多少は訓練もされているようだ。


 「……お前を殺すな、とは言われているが、無傷でとも言われちゃあいねえんだ。身動き出来ない程度に撃ち込んでも構わねえんだぞ……おい」


 こちらが潜んでいる窪みを回り込むように包囲し、ライフルを構えたままの男が見える位置に移動してきた。

 トーチの光が逆光になって顔は見えないが、油断なぞしてくれそうもない愛嬌の無い顔だった。それが二人。


 「……銃を捨てろ。両手を挙げて出てこい」


 仕方なくM4を放る。一番間近にいた男がそれを蹴り飛ばし、そのままわたしにAKを突き付け立ち上がるように言う。

 大人しく指示に従い、両手を頭の後ろに回して窪みから出た。

 それからどうするつもりなのか。縛られ、担ぎ上げられでもするのか。


 「被っているものを外しな」


 ヘルメットのことだろう。そんなもの貴様らがすればいいだろう、と睨んだが鼻先に触れたら火傷をしそうな銃口を見せられながらでは逆らうのも上手い話じゃあない。言われた通り、借り物のヘルメットを外し、ついでにマスクを下ろして素顔を晒す。

 両手はそのまま、また後ろ頭に回した。


 「……殺すな、とは言われたが手出しもするな、とは言われていないな」


 そして、その効果はあった。


 「女なのは知っていたが…へっ、多少トウは立っているが悪い女じゃあなさそうだ。少し時間はあるだろう?お前ら」

 「………」

 「………」


 リーダー格らしき男がいかにもな口を利くと、周りの男も俄に好色な目付きになって、私の体をなめ回すように見始める。人殺しの道具で完全装備の下にある女の体なんてものが興味の対象になるのか。気持ちの悪い奴らだ。


 「……おい、少し手こずらせてくれた礼をさせてもらうぜ。やりな」

 「…へへっ、悪く思うなよ」


 …緩んだ。これだから男って奴は。死地で女を犯すなんて悪趣味な真似をしようとするから、こうなる。


 背負ったままのリュックと、背中の間に差し挟んであったナイフに指が触れた。それともう一つ。

 好色を通り越して獰猛なケダモノの目付きになった男どもの数を読む。七つ。逆光の中、目だけが以上にギラついていた。

 日本の女としては長身に入る私の胸元にナイフが近付く。剥こうというのだろう。私は良い感じに怯えたような顔を演じ、連中の視線が向けられるのを待った。

 この手合いは女を犯す時、体は見ない。顔を見る。怯え、苦しむ女を見てそれに悦びを得る。いつもそうだ。私を犯したクソどもはどいつもこいつもそうだった。

 だから、目を瞑り、ついでに震えてみせる。

 お生憎様だな。

 そうあざ笑いながら、背中の後ろからハンドフラッシュを引っ張り出し、首の影から前に向けてスイッチを入れた。暗視装置に浴びせて焼き切るための超高光度のものだ。キツく目を瞑っていても目蓋越しに目が眩むほどの光を、私の顔を食い入るように見ていた男たちがまともに見たらどうなる。


 「………ッ?!」

 「ギャァ!!」

 「ひっ?!」


 七人の男の七つの悲鳴。と同時に腰を落とし右手にCz、左手に予備のナイフを取る。間近の男はナイフで腹を割き、離れた男には9mmを食らわす。

 錯乱してAKを乱射する暇も与えず、簡単にそれは成された。


 「……ひっ、ヒィ……」

 「あ……が、いで、ェ……」


 …いや、無力化には成功したが、全員を殺すことは出来なかった。

 二人、腹部の銃創だかナイフの刺さった後だかを押さえて呻いていた。


 「………ざまぁないな」


 這って逃げようとしていた一人の男には腰のところに後ろからナイフを突き立てる。即座に死ぬような箇所ではない。だが、脊髄を正確に貫かれた激痛は、助からないような重傷の身でも絶叫を上げさせるには充分なものだ。


 「……な、なんだチクショウ………クソ、何が起きてる……」


 生き残っていた仲間のその叫びを聞いてまだ強がれるのだから、最後の一人もなかなか見上げた度胸だ。同じような目に遭ったガリウスのクソは、前の日まで嘲りの目で見ていた小娘に無様な命乞いをしていたものだがな。


 「どこだ!……ガキ殺しの女がァ……何をしやがった!……ぎゃぁっ!!」


 起き上がろうとしていた男の頬にナイフを刺す。そのまま横に薙ぎ、口を大きくしてやった。良かったな。ローストビーフを丸ごと食える顔になったぞ。


 「……あ、ふぃ………ひゃいがあ、っふぁ……ひっ、ひぃ……」

 「……まだ視力は回復しないのか?そろそろ目も見える頃だと思うが」

 「あ、あ……」


 涙の代わりに血でもこぼしていそうな双眸は、やがて私の顔を認めたようだ。鼻から下を血で染めた惨状を前にして、私の顔には酷薄な笑みが浮かぶ。いい気味だ。


 「……じゃあな。急ぎでなければたっぷり遊んであげるところだが、そうもいかなそうだ。せめて楽に死ねないように殺してやるから、喜べ」


 顎の下にナイフの刃先を当て、少し力を込めて下顎を左右に両断してや……。


 パァン……。


 「………なんだ、まだ他に生き残りが…あ?」


 渇いた破裂音がして、そちらに目を向けた。

 壁にもたれて腰掛けた男が、裂けた腹から溢れた腸を片手で抱えながら、反対側の手で銃を構えていた。

 その銃口からは微かに煙が立ち上り、それは既に一発発射されたことを示す。

 何を撃った?

 それは奇妙な問いかけだったことだろう。だが男は、血の泡を吐きながら最後の力を振り絞って口の端を歪めるだけだった。何か言ったのか。言ったのなら、恐らくは「ざまあみろ」とでも言ったのだろう。

 …なかなか死に汚い奴だ。苦笑した私の視界が、俄に赤く染まった。


 (……なんだ?)


 目眩がする。なんだ、一体。揺れる頭を支えようと額に手を当てると、それはぬるりとした感触に触れる。血?誰の?返り血を浴びるほどのことを……まあ、したとは思うが。

 最後に何かした男をもう一度みる。事切れていた。目を見開いたまま、崩れ落ちていた。


 (……死んだか。まあ、あと二人いるが)


 前を向き、口を裂いた男を見下ろした。こちらも既に死んでいた。なんだ、トドメを刺そうと思ったのに。勝手に死ななくてもいいだろうに。

 ならあとは、腰を刺してあげた男がいるか。まあもう一回、延髄でも刺せば充分だろう、と立ち上がったのだが、目眩が治まらずに真っ直ぐ立ち上がれなかった。

 なんだ、私らしくもない。疲れてしまったのか。

 フラつきならも、両手を膝に当てながら立ち上がり、よろよろと…だからなんでこうもフラつく。まったく、危機を脱したからって気を抜きすぎだ。

 待ってろ、ピュロス。もうすぐ、助けに行く。




 ……私は、暗殺者アサシン…。

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