第63話・開悟
「預かっていたものはこれで全てですがね。戦争でも始める気ですか」
「それで目的が果たされるなら、世界中を敵に回して戦争でもテロでもなんだってやってやるさ。……おい、リストにないC-4が混ざってるぞ」
ゲイツの管理する倉庫に潜り込み、預けていた道具の確認をしていると、床に並べた機材と持ってきた台帳にズレがある。増えているならいいじゃないか、とはいかない。預けている間に粗悪品とすり替えられていたりしたらたまったものじゃない。
自分でつけた印の入っていない、素人目には粘土の塊にしか見えない包みをゲイツに突き付けて文句を言う。
「餞別ですよ。別におかしなものじゃあありません」
「閉鎖された地下街に行くのに爆薬なんざそんなに持ち込めるか。救出対象と一緒に生き埋めになるのがオチだろうが…ったく。どうせ寄越すんならもう少しマシなものを寄越せ」
タブレットに表示されたリストと付き合わせながら、持ち出すものを選別する。
使い慣れたものを、とは思うが場所が場所だけにスナイパーライフルなんざ必要ない。というか、銃器については自分の倉庫から持ち出した。ここに置いてあるのは大半が爆薬とその起爆装置関係…なんだが、よく考えてみりゃあ都心からそう離れていない場所に弾薬庫があるってのもゾッとしない話ではある。
「要り用のものがあれば手配しますが。いかがです?」
「やけに協力的じゃないか。今回は完全持ちだしで商売抜きだ。借りも作りたくはないから放っておいてくれ」
「いや、こちらにも入れ込む理由はありましてね」
「………なんだ」
チェックの手を止めて、振り向く。
今どき水銀灯なんて時代遅れもいいところのものがぶら下がっているお陰で、締め切った倉庫に佇むゲイツの顔色はえらく青白く見えた。
「蜉蝣の文太を殺しに行くのでしょう?こちとら金づるをまとめて殲滅された身だ。鬱憤晴らしをしたいところですが、生憎私はそっちはからっきしでしてね。代わってやってくれるというのであれば、協力するのに吝かではないんですよ」
「……賞金のスポンサーにも期待出来ないというのに、本気か?」
あのカマ男の首に賞金をかけたのは中華マフィアや日本のヤクザの連合だ。そのアタマの主立った者があの薄暗いバーで皆殺しになった現状、標的を消しても賞金が支払われるか分かったものじゃない。
「だからこれは今言ったとおり、ただの鬱憤晴らしですよ、レディ。あなたのやることに多少なりとも手を貸すことが出来たのなら…それで私の気が済む。それだけの話です」
「……勝手にすればいい。ただし、こっちにお前の特別な助力は必要無い。何処に行けばいいかも分かってるし、目的地の構造も全て情報は仕入れた」
「おや、手回しの良いことで。どちらから?」
作業に戻るために踵を返しながら言い返す。
「警察だ」
「……それはまた、お友達に恵まれたことで。それなら私の出番など無さそうですな」
タブレットの画面をタップする指が止まる。
引っ張り上げる動作をすると、下階層からリストに紐づいた使用期限のリストが上がって来る筈だったが、記憶にある日付がとうに過ぎていることを思い出した。
「……ゲイツ」
「なんでしょう」
「頼みがある。聞き入れてくれたら、お前にも手伝わせてやってもいい」
「それはまた気まぐれなことで。なんでしょう?」
振り返って目を合わせると、何故かギョッとされた。笑っているのになんて反応だ。まあいい。頼み事には何の関係も無い。
「ピュロスは何があっても生きて取り戻す。その上で、私だけが戻らなかったら…この倉庫の荷物を全部売り払って、金をピュロスにやってくれ」
「お断りします」
「おい」
「…と、言いたいところですがね。ここで首を縦に振らなければ私の願いも聞いてくれないのでしょう?なら約束くらいはしておきますよ」
「そうか」
少し、安堵した。
そしてまた元の作業に戻る。
「ゲイツ。頼みというのはさっきのC-4をくれ、ってことだ。在庫の消費期限が切れているのを忘れていた」
「それはそれは。プロにあるまじきウッカリ、というものですな」
「ほっとけ」
比較的真新しい包装のC-4を二つばかり持参したバッグに突っ込むと、ゲイツの顔がほころんだように思えた。こんな物騒なブツを仕舞い込む場面でそんなほのぼのとされてもな。
・・・・・
倉庫代わりにしているセーフハウスに着いた。かつては高級マンションを名乗っていたが、今となっては住人の大半も老いたり、人数も減り、取り壊しのタイミングを計っているような建物だ。人気の無さが、こっちには助かる。ま、監視カメラの類を誤魔化すのに多少手間はかかるが。
で、こっちは銃火器を保管している二箇所のうちの、一つだ。点検と機材の出し入れのためには訪れるが、寝泊まりする部屋ではない。
カーテン、どころか戸板で密閉された部屋の中、クローゼットの中から持ち出す銃を選ぶ。
まあマニアではないから実用一点張りの道具しかない。
頑丈だけが取り柄の旧ソ連製AKのコピー銃。西側のものとなるとG3系列とアメリカ製が合わせて三種類ほど。いつぞや雪山で無くしたSIGの代わりは手に入れてあるが……場所が場所だ。長物は取り回しに困るだろう、とM4を引っ張り出した。古いものだが手入れは怠っていない。というか、手入れを手抜きをしたM16なんざ怖くて使えるか。
ハンドガンは、と思ったが……まあいい。いつものCzを持っていくことにする。無くす可能性のある場所にはあまり持っていきたくはないが、今回は…お守りみたいなものだろうさ。
それからパイナップルは、崩落必至の地下街なんぞで使えるものではないから一つだけ。代わりにナイフの予備は持てるだけ持った。神崎から借り出す装備にはこっちの方が合う…と、ちょうどいいタイミングだ。
「揃ったか?」
『開口一番それかよ。まあ揃ったけどよ…しっかしお前何をどうすりゃあそこの連中に言うこと聞かせられんだよ?』
「別に言うことを聞かせたわけじゃない。多少仲が良くなっただけだ」
『公務員としちゃあ見過ごしていいもんか悩むところだ……まあいい。引き渡すが、どこにする?』
「今から言う場所に車ごと置いておいてくれ。こっちで勝手に回収する」
『あいよ』
あまり目撃される心配は無いが、放置自動車も警戒されない場所を指定する。電話でしたのはそれだけだ。こちらが頼み事をし、向こうがそれに応じて手配を済ます。以上のことが、何の淀みも無く進んだ。
『……なあ、シンシア。あの嬢ちゃん、無事……なんだろうな?』
それだけで終われば、何も気にせず、穏やかな明日が迎えられるだろうに。なんだってこいつはそんなことを気にするのか。
私はM4の予備弾倉を鞄に詰め込みながら、ヘッドセットの耳元に神崎のため息めいたものを認める。
真摯にそう願っている、ことは分かる。それは奴の職業からくる義務感めいたものも多分にはあるのだろう。だが、警察官も色々だ。面倒を嫌がり、楽に収入を得るのが仕事の目的になっている公僕も少なくは無い。そして、この神崎護という男は正にそういうダメ公務員の一人だ。
「……と思っていたし、それは今も変わらんのだがな」
『何の話だ?』
「いや。神崎。気に掛けてくれたことには感謝する。だがあとは…忘れろ、とは言わんが、自分に何か出来ることがあるか、などと思うな。お前は悪い奴だ。だから長生きしろ。以上だ」
『…ちょ』
何か言いかけていたが、無視して通話を切った。まだ何かあるなら、荷物の方にメモでも残しているだろうさ、と自分を納得させ、金属と火薬の詰まった鞄を肩に提げて、部屋を出て行った。
・・・・・
晩夏の夜、ほぼゴーストタウンと化した、かつてのナントカニュータウン的な街に隣接するショッピングモールの駐車場に、駐められたライトバンを見つけた。ナンバーも神崎に教えられた通りだ。
疎らにしか車の駐まっていない駐車場でそんな真似をするのも目立つものだが、この場合は仕方あるまい。私は自分の軽バンをすぐ隣につけて車を降りると、隣の車のリアバンパーの裏側に手を入れてキーを探す。あった。
随分と古い車だ。まあ私が乗り去っても構わないものを選んだんだろう。ただ、あまり先方に繋がりのあるものを残すわけにはいかない。荷物を下ろし、自分の車に載せ替える。
それが終わると元の場所にキーを戻し、さっさと立ち去った。さして客もいないモールの駐車場。こちらを見ている者がいたかどうかは……分からない。
発車して目的地を設定するとあとは半自動でそこに向かってくれる。普段なら全て自分で運転する方が好みだから機械任せにはしないのだが、少しでも体を休ませておこうかと…いや、装備の確認もしないといけないな、と助手席に置いた鞄を開け、中身を引っ張り……って、いくら車が動いているとはいえ、こんな街中で車内に銃器をぶちまけられるか。全く、多少は焦りがあるのか。落ち着きなく狭い車内の天井を仰ぐと、ルームミラーの支柱にぶら下がった交通安全のお守りが目に入った。
「……ったく、こんなもの気休めにもなりはしないだろうに」
私にこれを押しつけた人間の顔が思い浮かぶ。
……ふと無性に、その声が聞きたくなった。何なんだろうか、と自分を訝しむこともなく、慣れた手付きで端末からその番号を呼び出す。
『はい、神戸組ですが。どうしましたか、お嬢』
「清三か。元気か?」
『唐突ですな。ま、一同息災でやってますよ。そちらは?』
「問題ないよ。なにも」
神戸組。出たのが清三だった。なんとなくホッとする。昔からあいつは私にはこんな具合だった。声が聞けたことに感謝する。
『あまり問題無い、という様子じゃあなさそうですな。何かありましたか。オヤジに伝えておくことがあれば承りますが』
ぎくり、と一瞬したが、考えてみれば当たり前の話だ。ここのところの騒ぎに私が関わっていないとは思っておるまい。それ以前に「神尾」なる存在について問い合わせ、その後の首尾が微妙だったことも伝わっているのだから。
だから……平然とした態度で答えておけば、それでいい。
「…なぁに、ピンピンしてるよ、とでも言っておいてくれりゃいいさ。ま、それだけだ。他の連中にもよろしくな。じゃあ…」
『ああ、お嬢』
気にせず切れば良かっただろうに、清三の声に何か懐かしむものが…くそ、そんな愁嘆場とは私は縁が無いだろうに。なんだ。一体。
『ピュロ坊は元気ですか?また一緒に、近いうちに来てくだせえ。で、ですな。ケンがカタギに戻る日が決まりまして。送り出しの宴を行ってやろう、とオヤジが言ったらケンの奴感激しましてね。ちょっとばかし張り切って宴会のメシを作るようなんで』
「……………ああ。そいつは…目出度いな。元気でやれよ」
『それはまだ早いってもんですが…まあ、急いでるようなんでこれくらいにしておきます。オヤジに何か伝えることでもあれば、言っときますが』
「ん。まあ、世話になったな、と言っておいてくれ。じゃあな」
『……お嬢?』
切った。明らかにおかしいと思っただろう。だから、向こうからもかかってこないよう、端末もネットワークから切った。これで私に誰も連絡など出来なくなった。静かになる。
「………煙草でも吸いたい気分だな」
途端、車内の空気に寂寥を感じた。というか、煙草なんざやったことがない。しがない個人事業主が手を出す趣味としては贅沢に過ぎる。納税するのも癪に障るしな。
引っかかったのは、車の中が妙にキレイ過ぎることだ。これから死地に赴く馬鹿野郎の棺桶代わりとしちゃあ贅沢に過ぎる…いや、身の回りを整理する、という意味でならむしろ似つかわしいか。残すものがこの車というのなら、まあ残された方も迷惑はするまい。ボロくて古い軽自動車だが、今どき希少なガソリンエンジン車だしな。
……いや、何を考えているんだ。死にに行くようなことを言ってどうする。私が死んだらピュロスはどうなる。
生きて、連れて帰る。アイツを待っている奴らに、必ず会わせる。それが、畜生に堕してもやり遂げなければならないただ一つのコトだ。
(……ふう)
覚悟は定まった。
為すべきことは、極めてシンプル。潜り、殺し、救い出す。己をただの銃と成し、己はただの刃物と化し、そしてそのためだけに動く。明日の朝日が拝めるかどうかは、それから決めればいい。
私は
私は
……私は
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