第22話・団欒
「これはいーものですねぇ…」
「……だろぉ…?サイコーだよ……」
私とピュロスは、蕩けた口調で称賛の声をあげる。
時は、正月…前の大晦日。
一方の顧客たる中華マフィアの連中の正月は旧なのでまだになるが、こちとら生粋の日本人だ。日本の正月を堪能して何が悪い。
「……アキコぉ、うちにもこれ、ほしーねー…」
「……気持ちは分かるけどな……流石に体が鈍るから、やめておくとしよう……」
「……うーん、ざんねんー…あ、じーちゃん、ミカンとって?」
コタツに首まで埋まりながら、ピュロスは同じコタツに入って温々している寛次に甘えた声で申しつけた。
「おうおう、かわいい孫のためならミカンでもメロンでも取ってきてやろうて。おい明子。老い先短いジジイのためにもっと頻繁に孫連れて帰ってこんかい」
「孫でも娘でもねーだろうが。正月に顔見せに来たってんだから、それくらいで満足しやがれ、クソジジイ」
神戸組の屋敷の奥、権田原寬次の私室にて、私とピュロスはコタツを巣にしていた。
いや別にヤツの言ったように「孫の顔を見せに来た」わけではない。今年の冬は寒さもひとしおで、隙間風の吹き込む半地下のセーフハウスで新年を迎えるのも味気なく思ったから、人肌くらいは無くも無い神戸組で正月を迎えるつもりになっただけのことだ。文句あるか。
起き上がってミカンの皮をむくピュロス。
それを見て悦に入るジジイ。
ただひたすらにコタツの温もりを享受する私。
とてもヤクザの組とは思えない、平和でだらけた空気だった。
「オヤジィ!姐さん!ピュロ坊!」
だが、ヤクザの組長の部屋にノックもせずに入ってくる命知らずに、そんな雰囲気は簡単にぶち壊される。
すわ出入りか?!…とでも思ったのか、歳を感じさせない勢いで立ち上がった寛次。そして襖を開けてその場に立っていたのはこの組では一番の若手に入るケン坊だった。
「どうしたケン!とうとう大陸の連中がシビレ切らしやがったか?!」
「年越しのソバが出来やしたぜ!さあどうぞ、熱いうちにやってくんなせあでででッ?!オヤジィ、何しやがんですか…イデェ、腕がもげるもげるぅッ!!」
…どんぶりが三つのったお盆をその手に持っていたケン坊は、それをコタツに置くや否や寛次に腕ひしぎ逆十字をかけられていた。
「ちょっ、オヤジィ?!待ってくれオレはソバが冷めねぇうちに持ってこようとしただけでぎぃやぁぁぁっ!!」
「喧しいッ!!テメェは一家団欒を台無しにするタイミングで入って来やがって、何時になったら空気を読むってことを覚えやがんだ!!」
出力の一段上がった関節技に最早悲鳴をあげるゆとりも無くなったのか、ケン坊は赤だか紫色だかに染まった顔色のまま、無言で寛次にタップをしていたのだった。
「アキコー、おソバおいしーよー?」
そんな人死にの出そうな様子をモノともせず、ただ自らの興味と食欲の赴くままに振る舞うピュロス。
まあケン坊は気を回すってぇ真似の一切出来ないアホだが、メシを作る腕だけは本職並だ。というか前職が板前の見習だったはずだ。
私はピュロスに倣って塗り箸を手にし、出来たてのかけ蕎麦をかっ込む。カツオではなく昆布の出汁が、更科風の繊細な蕎麦によく合っていた。
私は
除夜の鐘の鳴り響く中、熱いソバをすする日本の風流な風習を、こよなく愛する者だ。
「あ、じーちゃんのソバのびちゃうからたべてあげるね?」
…風流何処に行った。
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