第18話・惰眠
夢、と分かっていてみる夢を
体験者によれば明晰夢は自分でこうしたい、と思った通りのことが出来る、とのことらしいが、それなら今私が見ている夢というものは、私が望んだことだというのだろうか。
『あ……ぐ、あ、つい……熱い、熱い……痛い、熱い……いた、い……いたい、いたい……』
半身が火に炙られてゆく。
肉の焦げる臭いすらしそうだった。
生きながらに身を焼かれる恐怖と苦痛に苛まれ、悲鳴も喘ぎに紛れるばかり。
その地獄の苦しみから逃れようと足掻いてみても、手足は思うように動かず、口から漏れ出るのは苦痛の呻きのみ。
誰が助けてくれるというのか。思って、絶望した。いない。誰も、私を助けてはくれない。
動かぬ足は諦めて、炎と反対側にあった腕をだけで必死に地面を掻き、這いずった。這いずろうとした。1センチでも、1ミリでもいいから、この、私を苦しめる赤い光から離れようと。
そして、喉の渇きが故に、現実の私の体の方が先に根を上げ。
「………」
「……おきた?アキコ」
…枕元にあったピュロスの顔が、そう口を開く。
夢…だったよな、と思ったのは、水を欲することだけに限れば夢の中でも現実のこの瞬間でも同じことのように感じられて、両者の境が曖昧になっていたからだ。
「……」
私が横たわっているのは、一番利用頻度の低いセーフハウスの、背の低いベッドだ。
ピュロスは、その低いベッドの、私の枕元に腕を曲げて置き、その上に顔をのせた体勢で私の横顔をじっと見つめている。横目で確認すると、コイツには珍しく表情というものが著しく欠けた顔をしていた。
「…だいじょぶ?うなされていた、よ?」
私と目が合うと、「うなされていた」までをフラットに、語尾の「よ」だけを上げて、いくらか心配そうに首を傾げる。
まあ、なんだ。そんな仕草は、私にもそう悪い感情を招くものでもないのだと思ったから、唇の端だけを僅かに持ち上げて、言った。
「……ふん。かわいいな、お前」
「お~、アキコがデレたー」
そういうつもりは無かったのだが、体を起こして大げさに感心されると、なんとなく照れくさくはなる。私にとっては不慣れな、けれど不愉快でもない感情だ。
だがピュロスの方は、いつものように軽口を叩いてけらけら笑ってしまうのかと思いきや、そんな私の反応に困ったのかそれとも素直に嬉しかったのか、軽く頬を染めてはにかむと、目を逸らさずにっこり笑ってベッドを離れていってしまった。昨晩は風呂に入っていなかったから、ピュロスの匂いが残り香のように在った。
左腕のダイバーズウォッチを顔の前に持ってきて時間を確認すると、六時になってもいない。外に出てもまだ暗いことだろう。
冬の朝の肌寒さを思い起こすと、外に出る気なぞ失せると共に、暖房を切った部屋の空気の冷たさをも思い出されてしまう。
そういえば子供ってのは体温が高いと聞くな、と思い出した私は、一旦潜り込んだ毛布から首だけを出して、すっかり慣れ親しんでしまった同居人を呼ぶ。
「ピュロス、いるか?」
「ん?なーにー?」
ヤツは歯でも磨いているのか、洗面台のところで口をもごもごさせていた。
「ちょっとこっち来い」
「いーけど、ちょっとまってよー」
「ダメだ。待てない。気がついたら耐えられなくなってきた」
我ながら子供のようなことを言うものだ、と苦笑が洩れる。ただ、寒いのは事実だ。大人の私がこんななのだからヤツの方はさぞかし、と思ううちに「てい」とダッシュで駆け寄ってきたピュロスが、そのままベッドにダイブ。
受け止めてやろうか、とも思ったが、着地点はベッドの端。その甲斐はなかった。
「もぞもぞ」
それで何をするのかと思ったら、そのまま毛布の端をめくって潜り込んできた。何をしてるんだコイツは、と私は思わない。だって、そうして欲しいと思ったことを、そのままやっていたのだから。
「…ん、さむいねー」
「……だな」
横向けになっていた私の、体の前側を這い上ってきて、ピュロスが首を出したのは私のすぐ顔の前。
鼻先がくっつきそうな距離で目が合うと、ピュロスはなんだか満足そうに笑っていた。
…目をつむり、仕事のことを思う。
次の仕事は、もうすぐのことだ。
準備も鍛錬も怠りない。いつもの通りに、行うだけだ。
いつものクソ仕事を、クソに塗れたような気分で終えた後は熱いシャワーを浴びて寝るだけのことだ、った。今までは。
じゃあ、今は?
「んふふふふ」
息がかかる距離でくすぐったそうに笑っている子がいる。
きっと、そういうことなのだろう。
私は
だから仕事前は神経を尖らせることに注力すべきなのだが…たまにはこんな休日も、悪くはない。
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