第17話・悪縁
「そいつぁ悪かったな。だけどよ、シンシア。犯罪の心配じゃなくて子供が産まれたんじゃねえか、って思うところなんざ、お前に対する俺の信頼を示している、ってことじゃないのか?それをまあ、現職警察官の頭を張り倒しやがってよう……俺が相手じゃなかったら公務執行妨害で連行されているところだぞ?」
「それ以前に私にこんな大きな子供がいるように見えるのか?返答次第では貴様の普段の行状を然るべき筋に届け出てもいいんだがな」
「そんなものお互い様だろうが。お前だってお目こぼしされてる身分だってことを忘れんじゃねえぞ」
けったくそ悪ぃ、というツラをしばし見合わせると、私たちは鼻息荒くそっぽを向いた。
場所は大崎署からほど近い、地下の喫茶店。まあ、場所が場所だけに署のサツが仕事をサボっていてもおかしくはないが、昼休みも終わった時間までこんな場所にいるアホも…目の前にいるヤツ以外にはいないと見える。
「…で、この子供はなんなんだ。お前の子供じゃないってんならやっぱりどっかから掠ってきたとしか…」
「私の子でもないし掠ってきたわけでもない。まあ……同居人、とでも思っておけ」
「同居人、ねえ……」
入り口のすぐわきのボックス席に陣取った私たちだが、大人二人が差し向かいでコーヒーを飲み、私の隣のピュロスはこの寒いのに特大サイズのパフェなんぞをうまうま言いながら食らっている。
そんな様子をヤツは感心したように眺めていたのだが、ピュロスがガラスの器を空にしてお行儀よく「おっちゃん、ごちそうさまでした」と頭を下げたのには…。
「おい、俺はおっちゃんじゃない。お兄さんだ」
と、大人げなくもマジな顔で抗議するのだった。というか、私と同い年のクセにお兄さんは図々しすぎないか?
「だったらお前もおばさん、と呼ばれてみろ。ムカつくだろ?」
「ピュロスはそんなことは言わない。だろ?」
「うん。アキコはアキコだよ?」
「ほら」
「ほら、じゃねえよ。明子と呼ぶんじゃねえ、と昔散々俺に言ってただろうが」
知るか、ボケ。
この男は神崎護といい、見ての通りの刑事課の警官である。管轄は組織犯罪。警察の中では若手に入るが、恐ろしく度胸がよく、ベテランでも尻込みするような場面にも平気で飛び込む。
「ふむん。おっちゃんはけーかんのおっちゃんだったか」
「上に『悪徳』の付く、な」
「悪徳はまだしもおっちゃん呼ばわりは止めろ」
悪徳は自覚があるのか。まあ私のような殺し屋と付き合いがあるのだから、そうでなくては拙いだろうが。
「でもアキコとけーさつのおっちゃんがしりあいというのはふしぎ。なんで?」
「だからおっちゃんはやめろと…」
「うるさい。後でお兄ちゃんと私が呼んでやるからしばらく黙ってろ」
「お前が言うのかよ!」
話が進まないので双方を黙らせ、ざっくりとピュロスに、私と神崎の関係を説明してやる。
私は仕事として暗殺者なんぞをやっているが、非合法の犯罪組織だけが得意先ではなく、政府機関や時には警察からも受注することがある。状況証拠その他諸々を含めてどう見てもクロで、治安に対して著しく悪影響を与える存在を消す時に手を貸す場合などだ。
もちろん民主政府のやり口としては真っ当ではないし、法に依らない処罰など許されるはずもない。マスコミに嗅ぎ付けられれば、内閣総辞職で総選挙からの与野党交代は必至。そして次の日からはこっちも一躍有名人の仲間入りだ。
それだけに公的機関側の命令系統はシンプルだ。オーダーを出すと決めるのはごく数人。そしてそれを私に繋ぐのが、この神崎というわけだ。
「つまりアキコはおやくしょしごとをするんだね」
「いろいろ端折りすぎだろうが。せめて役所から仕事を頼まれてする、くらいに言え」
「それも偽りじゃあないが、仕事の内容が内容だけになあ…」
他に客がいないとはいえ、営業中の喫茶店でする話でもない。頼まれた仕事、の内容を口外することなく説明はしたものの、何度か現場に居合わせたピュロスは察したのだろう、なんだか難しい顔をして、口を開く。
「…おかわりたのんでも、い?」
「お前に難しい話をした私がアホだったよ…」
というか、このサイズのパフェがあと一つとか、この小さい体の何処に入っていくんだ。一杯二千円するんだが。
「体が冷えるから止めときな、嬢ちゃん。で、呼び出した理由はこの子を紹介するため、ってんじゃないだろうな?」
「半分はそれだがな。突然ばったり顔を合わせてさっきみたいなことを言われると拙い状況もあるからな。残り半分は次の仕事の件だよ」
「こっちのか?」
「いや、ウチの、だ」
言ってやると神崎は露骨に渋い顔をする。
非合法側からの仕事に関係して、私は警察の情報を収集することがある。主に依頼のウラを取って自分の身の安全を図るためだが。ただ、素直に情報を渡してもらえた試しは無いが。
「…仕事の日時と目的を教えろ」
「クライアントの情報を教えられるわけがないだろう。それじゃ何か、ウチの客にサツの情報を寄越せと言われたら話していいのか」
「良いわけがあるか、馬鹿野郎。お前善良な市民のつもりでいるんだったらな、警察への協力は国民の義務だってことくらい理解しておけ」
「ンな仁義に欠ける真似が出来るか」
「線の向こうとこっちの両方で仕事をするのは仁義に叶う話なのか?」
痛い所を突きやがる。だがまあ、お前に言われる筋合いも無いんだがな、といつもの話に進む。
「…いくらいる。成果によるが、多少は色を付けてもいい」
「そうこなくっちゃな。コレだけ寄越せよ。稼いでるんだろ?最近は」
神崎は指を二本立てた。親指と、中指を。
私はそのうち中指を握って手のひらの方に押し倒す。
「っでぇっ?!」
「がっつくな、悪徳警官。悪党の上前刎ねようってえのは公務員にしちゃあ見上げた度胸だが、繋ぎなんざお前でなくてもいいんだからな」
顔色を青くしている神崎に顔を寄せて凄むと、生意気にもこちらを睨み、私の手首をとろうとする。そして神崎はこれでも体術については素人からはほど遠い。こっちの腕が捻られる前に指を解放して、元の席に戻る。
「……お前は物わかりはいいし、互いに約束を守っている限りは付き合いを止めようとは思わん。だからあまりがめつい真似をするな」
「いててて……わぁったよ。くそ、子供の前でなんてことしやがる」
ピュロスのことを言っているのか。だがこいつはこんなものじゃ済まない場面に居合わせているのだ。今更過ぎるだろう、と曖昧な笑みで神崎を見ると、舐められたとでも思ってか、チンピラのようにメンチを切っていた。ふん、そうだな。こういう表情の方が、コイツの本性が出ていて、悪くは無い。
「欲しい情報はこの通りだ。受け渡しは、まあ適当に呼び出せ」
「…チッ」
テーブルを滑らせて差し出した紙片を、忌々しそうに取り上げると、中身も見ずに背広の内ポケットに仕舞い込む。
注文の内容が心配になる手付きだが、きっちり報酬を払っているうちは信用してもいい男だ。少なくとも金額の多寡だけで簡単に裏切るようなことはしない。
「…話はそれだけか?」
「ああ。ま、痛い目を見させて悪かったな。代わりにここの支払いはもってやろう」
「その程度で恩に着せられたんじゃあ面白くねえ。接待、ってことで俺が払っておく」
「ふん」
互いに毒を含んだ笑みを交わす。こんな空気は嫌いではない。多分、お互いに、だ。
さてそろそろ店を出た方がいいか、と神崎が手を伸ばしかけた先にあった伝票がその指先から逃れ、代わりに同じような新しい紙片が差し出される。
「お待たせいたしました。スペシャルチョコレートパフェでございます」
そして一緒に運ばれてきたガラスの器に、私と神崎は唖然とした。
「わーい、かんざきのおっちゃんありがとね?いただきまーす」
自分の顔くらいありそうなソレを、食べきれると疑わないピュロスが大歓迎していた。
おっちゃん扱いを止めてもらえなかった神崎は、差し換えられた伝票をひっくり返し、何か訴えるものがありそうな目でこちらを見る。
「………ごちそうさま、お兄ちゃん」
わたしはその憐れな男に向かって、こう言う他無かったのだ。
私は
基本的に現金主義の私だが……他人の失敗に学ぶことで主義を改めることに吝かなわけでは、ない。
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