第12話・散財

 「何だってゲイツの野郎、こんなものを渡したんだか…」


 本番前の最後の打ち合わせに訪れたいつもの事務所から出ると、私はフライトジャケットのポケットに突っ込んだボール紙の箱の感触を確かめた。

 何を渡されたかというと、小型のヘッドセット一体型の通信端末である。基本的な操作を音声または口元のマイクを指で触るだけで行える、どちらかといえば警察の特殊部隊なんかが好んで使うブツだ。

 次の仕事の時に使え、ということで寄越されたのだが、いつもなら結果の報告だけ来れば何も言われないというのに今回に限って何が心配なのやらな、アイツも。


 「ねーアキコー?」


 それでもって、コバンザメだか腰巾着の如くつきまとうピュロスも、いつもの通り一緒なのだが……うん、今回ばかりはゲイツに同情する。


 「あのおっちゃん楽しかったねー」

 「…あのな、ピュロス。悪いことは言わないから、頭髪が寂しいのを自覚してる男の頭をぺったんぺったん叩くのはやめてやれ?な?」

 「…?」


 なんで?みたいな顔で隣の私を見上げてくる。

 いや、なんでと言われてもな…こお、悪気のカケラも無い子供が興味に駆られるまま机によじ登ってきて顔をのぞきこまれて挙げ句、「おっちゃん、あたま寒くない?」と薄毛を誤魔化しきれてない頭をペタペタと叩かれたら……まあいい、その時のゲイツの顔を思い出すと腹筋が崩壊しそうなのでこれ以上は言わずにおこう。まあ、その場で必死に笑いを堪えていた分、既に筋肉痛が始まっているのだが。


 「まあいい。とにかく今日はお前のお陰で悪くない日だった。褒美に何か買ってやろうか?」

 「ほーび?」

 「ああ。食い物でも…ああいや、この辺でメシなんか食うもんじゃないな」


 池袋は今も昔も中華系が幅を利かせる街だ。一人でメシを食うならまだしも、こんなガキを連れて入ると目立つことこの上も無い。歩いているだけでも通り過ぎる人間が振り返るくらいだしな……いや、違うか。

 日の暮れ始めた駅に向かう雑踏の中、立ち止まって隣のピュロスを見て尋ねる。


 「お前寒くないのか?」

 「さむい……うーん、そうかも」


 そうかも、とか言った割にはそんな素振りを見せもしない。というか、そろそろ秋も終わりという時期に、夏物のワンピース一枚の子供というのも違う意味で目立つわけだ。妙に突き刺さる視線の意味がよく分かった。


 「おい、着るモノを買いに行くぞ。いつぞや約束したしな」

 「やくそく…したっけ?」

 「お前なあ……まあいい。少し歩くぞ。子供用の服なんぞに馴染みは無いから、よさそうな店があったら止まれ」

 「あい」


 そして歩き出したら、いつもなら斜め後ろをついてくるピュロスが手を握ってきた。

 少し寒さを覚える時間になっていたから、悪い気分ではなかった。




 「お嬢さまによくお似合いですよ、お母さま」

 「………」


 お愛想なのは分かった上で、それでも文句は言いたくなる。

 見かけの年齢なら確かに違和感はないだろうが、それにしてもこちとら独身の身で子持ちと言われるのも微妙な年頃なのだ。どんよりしたこちらの顔つきで察してくれたっていいだろうが、子供服専門店の店員なら。


 「…私の子じゃない。親戚の子だ」

 「あ、あら、それは失礼しました。でもお似合いというのは本当ですよ?」

 「……まあな」


 二十代半ばくらいと思われる若い店員と私の視線を受けて、ピュロスは自慢げにその場でくるりと回ってみせる。

 もう少し薄ければ金髪と言っても差し支えないほどに薄い栗色の髪。それが背中の真ん中くらいまでに達している。いかにも子供らしく、柔らかな髪は波打つように、ピュロスが身を動かすのに合わせて揺れている。

 十歳ほど、と出会った直後は思っていたが、今は言動からしてそれよりも幼い印象を受けている。とはいえ実際幾つなのかなどあまり関係は無いのだけどな、最早。


 「アキコー、どう?」


 そして、ほぼ白と言える薄いベージュのフレアスカートをベースにしたコーデは、全部店員の見立てで構成されている。正直、こういうことに疎い私ではひっくり返ったって思いつきやしない装いだ。

 子供と少女の間の際どいところを絶妙についた組み合わせは、年齢相応の可愛らしさと闊達なピュロスの性格の両方をうまく際立たせている。上半身をまとめている淡いブルーのGジャン(もちろん安物には見えない、と思う)など、よく動くコイツのことも考えてのことなのだろう。


 「……まあ、いいんじゃないのか」

 「それだけ?」

 「……まあ、似合っていると思う」

 「……んふふ」


 後ろ手にこちらを見上げてくる様に何故か照れくさくなる。認めたくはないが、確かに正面から見るのも気恥ずかしくなるくらいの………その、まあ、なんというか、可愛らしさだ。


 「よかったね?お姉さん気に入ったって」

 「うん!アキコ、ありがとね」

 「ああ。それで…着て帰るか?」

 「そだね。一緒に帰ろ?」

 「分かった。会計を頼む」

 「かしこまりました!」


 …この時、店員の声のトーンがやや跳ね上がった理由を直後に私は思い知る。




 私は暗殺者アサシン

 仕事以外のことにはこれまで無頓着だったが…子供服の値段くらいはよく知っておいた方がいいと考えを改めた。何なんだどうせ一年少々で着られなくなる服に六万五千円とか悪い冗談にも程があるだろう?!

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