第7話・予感

 「いいか?これを見ろ」

 「ふんふん」


 ゲイツが手配してあった、ヤツの事務所と大差ないくらいに古いビルの一室に私達はいた。ガワは廃墟同然だが、内部は廃墟そのものと言える。


 「ここが、この部屋」


 そんなカビ臭いコンクリート剥き出しの壁に囲まれた場所に腰を下ろし、ピュロスに携帯端末の画面を見せる。

 A4ノートの端末のディスプレイに、線画だけの簡易的な地図が表示された。観光地だの女子供に人気の飯屋だのといったものは一切含まれていないが、こんな場所で物騒な仕事をする私のような人間には、必携のツールだ。ちなみに例によって軍用の横流し品である。


 「次の仕事はこの部屋で行う。そして、ターゲットはここにいる」


 こことここ、と地図上の二地点を続けて指で触れると、両者の間の距離が表示された。1022mと示されている。


 「これをどーするの?」

 「ここから、標的を狙撃するのさ」


 部屋の中の、唯一の窓に向けて空手で狙撃銃を構え、「ダーン!」と口で発砲音を模す。座ったまま。

 ピュロスは「ふーん」と感心したのだか呆れたのだかよく分からない態度だった。


 「で、これからやることはな…」


 見えないライフルを降ろし、再び端末を手に取る。

 人差し指だけで操作を続けると、ワイヤフレーム状の地図画面は立体的に動きだし、この部屋から目標のビルを見通す三次元表示になった。


 「…見ての通り、ここからだとギリギリ一直線でどうにか見える、ってところだ。途中に何かあればライフル弾だって引っかかる。そうしたらお終いだ」


 指で画面を弾くと、仮想画面の中を飛んで行った弾丸が、標的のビルに達していた。

 次の仕事として指示されてからすぐに、何度もシミュレートを繰り返してこの位置しかない、と判断した結果だ。簡単な仕事ではないが、下調べと準備を念入りに行えば、確実に成功させる自信は、ある。


 「で、お前に手伝ってもらうというのはな、その下調べの方だ」


 胡座をかく私の正面に割座ですわってたピュロスが、興味深く見下ろしていた端末の画面から顔を上げ、こちらを見る。


 「地図上では一直線になっているけどな。実際歩きながら見ていると障害物があるんだ。それを見つけ、場合によっては仕事前に撤去しておく。それから、風の調査だ。どの場所でどれくらいの風が巻いているか。特にこんなビルの合間じゃあ、地図だけでは判別つかないし、実行当日の天気次第で条件はいくらでも変わる。だから、風の通り道になりそうな場所にあらかじめしるしをつけておく。まあ、手拭いだとかタオルだとか…目立たないようにゴミでも引っ掛けておく場合もあるな。高いところじゃあなかなかそうもいかないが、幸い射線と屋上の高さが同じビルが幾つかある。目星もつけてあるからなんとかなるだろう。分かったか?」


 どうせ分からないだろうな、と思いつつ念を押したら、ピュロスは殊の外固い表情と声で「わかった」と答えた。


 「本当に分かったのか?…まあいい。じゃあ行くか。今日は歩き回るから腹が減るぞ。支度金は分捕ってきたから、多少はマシな飯を食わせてやるさ」


 どちらにしてもあれやこれやと指示しないと何も出来まい。ならば早めに動いた方がいい。

 私は拡げた荷物をリュックに入れて立ち上がると、それを背負う。背中の方でピュロスも立ち上がる気配がして、声をかけられた。


 「ねーアキコ。ひょうてきって、なに?」


 …そして、予想だにしなかった問い。

 そうだな、自分が何を食って生きているか、知っておくのも悪くはあるまい。


 「……知らない方がいい」


 だが、私の口をついて出てきたのは、内心とは全く逆の言葉だった。




 私は暗殺者アサシン

 察しのいいガキは、こんな場所には相応しくない。心からそう思う。

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