第8話・帰省
一つ、問題がある。
「アキコ、くさーい」
「…そうか?別に誰が困るというものでもないと思うが」
「ピュロスが困る。ねー、そろそろお風呂いこーよー」
いや、正確には私にとって問題などではないが、押しかけ同居幼女には問題であるらしい。
…たかが風呂が部屋にないくらいのこと、大した問題ではないと思うのだが。
「女の人はきれーにしてた方がいい。これじんるいふへんのろんり」
「どこでお前はそんな言葉を覚えてくるんだ……といってもな、毎日のようにセーフハウスを転々としてる生活じゃあ、毎日風呂に入るというわけにもいかないだろーが」
と言いつつ、腕を上げてワキのしたの匂いを嗅いだ。臭い、という程ではないが、まあ確かに世の中の綺麗に着飾った女どもがたてていい臭いではない。
「でしょ?」
僅かに顔をしかめて腕を降ろした私を、したり顔で見つめる幼女。正直なところウザイ。
「……たまには布団のある部屋で寝るか。おい、着替えを持て。いいところに連れてってやる」
「おー、なぜか今日はアキコのものわかりがいい」
感心したように言われたが、さていつまでそんな余裕が保てるのやら。
ヤツから見えないように、私は邪悪な笑みを浮かべる。そして、一番狭いセーフハウスを、出た。
「こうべぐみ?」
「かんべ、だ」
古めかしく物々しい門塀に掲げられた「神戸組」と大書された威圧的な木製の看板を見て、ピュロスは誤読してた。
そろそろ秋の終わりも近い夕暮れ、色濃く高い空に輝くお天道様の下に堂々と掲げておくには少々物騒な書体のソレを眺めながら、私は特に挨拶もせず門をくぐる。
「なにここ?」
「私の実家だ」
気後れもせず後からついてくるピュロス。度胸があるのかそれともここがどーいう場所なのか分かってないのか。
どっちにしても、侵入者を出迎えるむさ苦しい男共のツラを見れば、いくら空気を読めないコイツでもここが何なのか位は察することだろう。
「おかえりなさいやし、お嬢」
「三十女に『お嬢』はないだろう。あと、たまに顔を見せにくるだけの家を出ていった人間にそんなへりくだった真似をするな」
「へえ」
今どき珍しい…いや、本当に旧世紀の遺物としか思えない、パンチパーマの強面の中年にそう言うと、相手はニヤリとして言う。
「親父もお喜びになりやす。どうぞおへぇりになってくだせえ」
「…ほんっと、お前はひとの話を聞かないのな、ゲン。あと、こいつの方だが」
「へい」
と、ここでピュロスに初めて気がついたような顔になる厳二郞だったが、もちろん私が言うまで気付かない振りをしていただけだ。
「最近拾ったガキだ。別に仕事絡みじゃないから、風呂にいれてメシでも食わせてやってくれ」
「ピュロスはピュロスだよ。よろしくね、こわいかおのおっちゃん!」
「……お嬢の子で?」
冗談なら良かったのだが、厳二郞は真顔だった。
「…次から同じことを言った奴は顔の形を変えてやる」
「……よぉく言いつけおきやす」
真顔のまま脂汗を垂らし、厳二郞はピュロスを連れて…というか、背中に飛び乗られてそのまま屋敷の中に入っていった。
「あいつ物怖じしないにも程があるな…」
一般常識があればここがヤクザの組だということくらい察しがつくだろうに。
ここまで来ると空気を読まないというより、読む気が無いとしか思えない。
私は
ヤクザの組で育てられたが、今の職業とそれは関係はない、と思いたい。
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