第6話・変心

 「保育士にでも転職したのですかな?」


 余計なお世話だ!…と怒鳴りつけ、いつもの要らない一言をいつもと違って完全に真顔で言ったゲイツの事務所を後にすると、ヤツにそんなことを言わせた原因がのんびり聞いてきた。


 「ねー、アキコ?これからどっか行くの?」

 「…お前はついさっきの話すら覚えていないのか」

 「ピュロスむつかしいことわかんない」


 あのなあ、と痛む頭のこめかみ辺りに指先を当てつつ、つい今し方出てきた事務所の入居してるビルを肩越しに見る。

 次の仕事の依頼が正式にまとまったから顔を出せ、と呼ばれてきたのはいいが、とうとうピュロスを巻くのに失敗し、二歩後ろに従えたままゲイツの呆気にとられたツラを拝む羽目になったのだ。あの野郎が呆然として二の句も告げなくなってるところに居合わせられた幸運については、後についてきてるガキに素直に感謝したい。保育士呼ばわりされたことで相殺されているが。

 というか、コイツは見たところ小学生の真ん中辺りで、園児呼ばわりは流石に外見にそぐわない評価だと思うのだが。着せてるものが悪いのだろうか?相も変わらず夏休みの子供みたいな、スモックじみたワンピースしか与えていないのが拙かったか?


 「…おい、別の着るものが欲しいとかは、ないか?」

 「ふぇ?」


 などということを考えていたら、我ながら柄でもないことを聞いてしまった。思ったことがそのまま口をついて出るなど、全く私らしくもない。


 「なんでもない。忘れろ」

 「?」


 ピュロスから顔を見られないよう、一歩踏み出して頭を振る。ヤツはヤツで、よく意味が分かってないようだった。なんとなく、残念な気もした。




 池袋外れのボロビルを出て山手線に乗ると、およそ三十分ほどで上野に到着する。

 ちなみに昔は地下鉄なんてものもあったらしいが、人口の減少に伴って廃線になり、真っ当な人間なら地下に潜ることなどはしない。出入りするのは専ら、国の管理から逃れた中華難民や犯罪組織の人間となるが、今のところは地上の人間が毎日何十人も行方不明になるような事態にはなっていない。日本の治安担当者は優秀で結構なことだ。


 「よし、ピュロス。どうせ私に付き纏うなと言ったところでもう無駄だろうから、この際仕事を申しつける。働かざる者食うべからず、ってのはこの国で昔から言われてるありがたい格言だ。お前にも従ってもらうぞ」

 「うん、いいよ」


 閉鎖された地下鉄の入り口の前で重々しくそう告げると、ピュロスはあっさりと承諾した。

 私の仕事の手伝いをする、というのがどういう意味かこいつは分かっているのか。まさか勤め人が行き交う平日昼日中の上野のど真ん中で細かい話をするわけにもいかないので、まずは用意してある場所に向うことにした。


 「それで何をすればいいの?」


 隣を歩くピュロスは何故か上機嫌だ。基本的に私の仕事は出歩くことが多く、何度留守番してろと言っても後をついてくる。

 そういう時私はロクに相手もしない…いや、見た目だけは可愛らしい子供であるこいつに妙な気を起こすバカがいないかどうか、くらいには気を配るが、ともかくこちらから話しかけることは無く、ピュロスの方から無遠慮に話しかけてくるだけだ。

 もちろん曖昧な相鎚くらいはうつものの、まともに会話など成立していないのだから、結末はいつもコイツの方が一人話疲れて黙り込むか、業を煮やした私が食い物で黙らせるかのどちらかだ。

 だから、こちらから会話を始めた、ということが珍しいのだか楽しいのだか、なのだろう。

 そして困ったことは、だな……私の方も、こういう気分に不慣れなものを覚え、且つ悪い気分でもない、ということなのだった。




 私は暗殺者アサシン

 子供は嫌いだ。喧しいし空気を読むということをしない。

 だが…まあ、それも個性の一つだと思えなくも無い可能性は微少レベルで存在することを否定しない場合も無くは無い……と、思う。

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