第4話・積弊
「ねー、アキコ?この車おしりいたいよー」
「うるさい。乗れと頼んだわけじゃないんだ。文句があるならとっとと降りろ」
抗議の声を却下されたピュロスは、軽バンの助手席で口を尖らせ、しばらくの間運転中の私を睨んでいたが、諸々を諦めたのか窓の外に顔を向けて景色を見送ることに専念することにしたようだった。
よしよし、子供は大人しくしてるのが一番だ。
「あとシートベルトはちゃんとしてろっつったろーが。警察に
大人しくなったついでにこちらの要求も押しつけておく。
もっとも、こんな舗装もロクにされてない田舎道で警察に止められることもなかろうが、後部座席に積んでいるもののことを考えれば念には念を入れた方がいいことに違いはない。
「ぶー!いいじゃない、まちの中では言うこときいてたんだし」
「油断するな、と言ってるんだ。間違って事故なんか起こした日には、フロントガラスにキスする羽目になるんだぞ」
「ピュロスへいきだもん」
長距離狙撃銃の弾丸を至近で受けて「いたぁい」で済ます奴なのだからそりゃあ平気だろうがな。
…くそっ、とこちらの注意に耳を貸さない子供にムカついていると、アクセルを操作する足下も雑になる。いかんいかん、こんなことで冷静さを欠いては、裏社会に名の知れた暗殺者としては失格もいいところだ。セルフコントロールはプロとしての必須技能。運転から集中を切らさずに腹部で深呼吸…オーケー、問題無い。
気を落ち着かせると助手席の様子を伺う余裕も生まれるというものだ。
何が楽しいのか、ピュロスは開け放たれた窓から見える外の景色を、飽きた様子も見せずに黙って眺めている。そんな後ろ頭を、ま、大人しくしてるのならほっとくか、と安堵しながら、制限速度マイナス5キロで走る作業に戻った。未舗装道に制限速度などあるのか、だと?そんなヤツは道路交通法を読み返して来い。こちとら職業上、自分の仕事に関わる法規はそれなりに熟知していなけりゃならんのだ。
「…ところでどこになにしに行くんだっけ?」
一向に変化のない青空と田舎道に、倦んではいないが退屈はしている、という調子でピュロスが問うてくる。
「仕事道具の確認だ」
「ふぅん」
「……」
「………」
それきりだった。訊ねられたので答えてやれば、その調子か。静かなのは助かるが、返事のし甲斐のない奴だ。
信号も無ければ歩行者もいない道で安全運転を心がける身として、顔を逸らさず横目で見ると、窓枠に両の肘を乗せ、履かせたサンダルは脱ぎ散らかしてシートの上に乗っかっていた。
おい。こっちは模範的運転を心がけているってのに、同乗者が模範的でなくてどうすんだ、と注意すると、振り返ってあっかんべーってヤツか?顔をしかめて舌を出し、また元の姿勢に戻ってしまう。
くそ、これで免許が偽造でなけりゃ、事故を装って少しばかり痛い目に遭わせてやるんだが。
ちなみに、生体認証が二種類登録される運転免許証は偽造が極めて難しく、私の私物の中では最も高価なモノになる。ローンがあと十八回残ってるシロモノだ。踏み倒すと権田原に連絡が行くようになっており、債権者の肉体にも財布にも穴を開けるわけにはいかない。人生ままならない、とはこういうことなのだろう。
「…よく考えたらローンの支払いが終わる前に免許証の更新をしなけりゃならないわけだが。おい、このままだとこの稼業続けてる限り余計な借金が増えてくだけじゃないか?!」
「アキコうるさいー」
「うるさいのはお前の方だ。こっちは人生の岐路ってヤツに晒されてる最中なんだぞ!」
踏み倒せない借金が完済前に更に積み上がっていくとかどんな悪夢だ。この世で最凶の悪は借金に違いない。何せ暗殺者だって殺せるのだ。
「よく分かんないけど、なにかおなやみ?」
「……子供が知る必要はない」
「おー、なんかかっこいーね、アキコ」
感心したように言われた。ついでにちゃんとシートに着席してシートベルトも装着しやがった。当てつけかこの野郎。
…ちなみに後日の話だが、免許証についてはゴールドで作ってもらうことにより、更新前にローンを完済させられることが判明した。
…私は
だが、理不尽な借金以上に恐ろしいものなど無い。ご利用は計画的に、ということだ。ちくしょうめ。
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