第332話 兆し

誰にも気づかれないように、俺はひとりで外に出ると、あれこれ考えながら桃香の塚まで歩き始めた。


楓の心残りはなんだろう? みんなの言うように、失くした腕を見つける事なのか?

だとしたら、りんどうと一緒にいた理由はなんだ?

龍神が見たと言う腕を探す三人の幽霊、残りの二人はどうした? そいつらと一緒に探さなくてもいいのか?


あの噂話は、どこまで本当なのだろう? 何かしっくりこない。

桃代が言うように、りんどうを介して、俺は本当に呼ばれたのだろうか? だとしたら、呼んだのは楓しか考えられないが、呼んでおいてあんな態度を取るかぁ?


あとはキーコが漏らした、近い将来に暗雲が立ち込めるってなんだ?

楓の心残りを解決すれば、それも解決するのか? 


いろいろ考えるが、何時いつはずしまくる俺の予想・・・考えるだけ無駄かも知れない。

それでも俺は考える。幼い時に桃代に教えられた事だからだ。


結局、何も答えが出ないまま山頂に着くと、俺は桃香の塚の前で手を合わせる。

そういえば桃香って、もう生まれ変わったのかな? 俺はどうやって桃香と再会すればいいのだろう? 


桃香が成仏をしたあとで生まれたと思われる、その辺の公園に居る小さな子供に、【おまえは桃香の生まれ変わりか?】なんて聞いた瞬間、俺は不審者として警察に通報される。

今度はシリアルキラーではなく、ただの変質者(子供の敵)として警察にマークされる事になる。


などと、相も変わらず自分の悲惨な未来を予想して、警察に連れて行かれた時の言い訳も考える・・・そんな俺は、取り返しがつかないバカだと思う。


桃香の塚に手を合わせた後で、考え事の続きは、もも神社の中ですることにした。

ここは、俺が一人で考え事をする時の秘密基地だからな。


神社に入る前の三段しかない階段の下で、靴を脱いで扉を開けると、かあまちゃんがいた。

まるで置物のように微動だにせず、前を見据えたままの姿なので、俺とバッチリ目が合った。


何故なぜだ? なんでこのタイミングで、あまちゃんとここで鉢合わせをするんだよ。

正座して背筋を伸ばし凛としたその姿・・・まずい、俺はこれから怒られるのか?


「こんにちは、あまちゃんさん。退院祝い以来ですね。どうしてこちらに? 桃代なら母屋にいますよ」

「うむ、紋ちゃんおぬし、また、ノックをせなんだのぅ。まぁ、われ一人じゃから今回は大目に見てやるが、次からは気を付けろ。よいか紋次郎。ひとつ、おぬしに伝えておきたい事がある。心して聞け」


「は、はい、ありがとうございます。それで、なんでしょう。オイラはまだ悪口を言ってないですぜ」

「そうではない、先走るな。われは忙しいのじゃ、つまらん時間をついやさせるでない。よいか紋次郎、おぬしのまわりで良くない事が起こるきざしがある。用心するのじゃ」


「良くない事が起こるきざし・・・それは具体的にどういうことですか? どういうふうに用心すればいいですか?」

「馬鹿者ッ、それをわれうてどうする。こうして警告する事も、本来なれば禁忌きんきであるぞ」


「そうでした、神様ですからね、すみません。なんだかよく分からないですけど用心します。それでは用心の為に、オイラはもう帰りますね・・・って、もう居ない」


言いたい事を伝えると、あまちゃんは煙のように消え去った。

なんだ、それ? 神出鬼没すぎるだろう。

【良くないきざし】って、なんだろう? キーコが話した【近い将来に暗雲が立ち込める】アレと若干じゃっかんかぶっている気がする。


待てよ・・・俺のまわりという事は、俺に対してでは無いという事か?

あまちゃんが気に掛ける俺のまわりの人・・・それは、桃代以外考えられない。

そいつはマズいぞ。


桃代が存在しなければ、俺の存在もあり得なかった。

幼い頃、何に対しても無気力だった俺を、良くも悪くも連れ回し、楽しい時間を教えてくれたのは桃代だからな。


あまちゃんの警告通り、用心を忘れぬよう桃代を見守らないと。

もちろん、これに関しては桃代に話さない。言えば、アイツの方が俺を守ろうとして本末転倒になるからだ。

だが、俺の不在の時に、俺の代わりに見守る誰か別の協力者が一人は必要だ。

思い当たるヤツは一人しかいない、そいつに頼むしかないな。


しかし、あまちゃん、あの御方おかたは、どうしてこう中途半端な忠告しかしないんだ?

俺は、神社の中での考え事をやめて帰ることにした。


まだ、焦る必要はない。龍神がいるからな、滅多なモノは寄って来ない・・・はず。


悩み事が増え、そのひとつひとつを考えながら、石につまずかないようにのんびりと山道をくだっていると、道を外れた森の中に、木の影に隠れた目立たない場所に青紫の花を見つけた。

もしかして、あれが竜胆りんどうの花なのか? ユリの言う通り、確かにきれいな青紫だ。


俺は、山道から外れて森の中に入ると、花を摘み取って持って帰る事にした。


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