第333話 竜胆の花

青紫の花を持ったまま、俺は母屋に帰りついた。

花を手にして歩く俺・・・別に格好をつけている訳ではない。

竜胆りんどうの花くらい知ってるぜ。そんな感じで、俺をバカにしたユリを見返してやりたかったのかも知れない。


しかし、母屋に入ると、迎えに出て来た桃代とキーコに【何も言わずに出かけるな】【突然居なくならないでよ】っと、同時に怒られた・・・そんなに怒らなくてもいいのに・・・。


それでも、俺は二人の機嫌を取る為に、摘んできた青紫のきれいな竜胆りんどうの花を見せてやる。

【わ~~きれいなお花ね。わざわざ摘んで来てくれたの?】そんな感じで喜んでくれると思っていた。


しかし、怒られた。

【それは竜胆りんどうの花ではなくて、トリカブトの花でしょう。どこでそんなモノを摘んできたの、早く捨ててきなさい!】・・・もの凄い剣幕で、桃代にまた怒られた。


花を捨てたあと、洗面所に連れて行かれて桃代の指導で手を洗わされる。洗い終って居間に行くと説教が待っていた。


「まったくもうッ、少し目を離すと居なくなってるし、帰って来たかと思えばトリカブトの花を大事そうに持っている。トリカブトの開花は夏から秋よ、なんで季節外れのこの時期にトリカブトの花なんか見つけられるのよ!」

「ごめんなさい桃代さん。ちょっと騒がしかったので、もも神社に行って来ました。花は、森の中で咲いてたんです。青紫だから竜胆りんどうの花だと思いました。悪いのは地球温暖化とらん知識を教えたユリだと思います」


「やめてよね紋次郎君。それだと、わたしが悪いみたいじゃない。悪いのは、天然おバカな紋次郎君ですよ」

「すみませんね、ユリさん。あなたと一緒に、お花摘みに行きたくなかったものですから、竜胆りんどうの花くらい知ってる、知ったかぶりをしようとしただけです」


「お願い紋次郎君、お花摘みの話は忘れて・・・知らなかったのよ、あんな隠語があるなんて、知らなかったのよ」

「まぁ、大丈夫だと思うけど、気持ちが悪くなったり、花を持ってた手に異常が出たらすぐに言いなさい。トリカブトは球根だけでなく、花粉や蜜にも毒が有るからね。本当にもう、紋ちゃんは何時いつまで経っても手が掛かるんだから」


ちょっと外に出ただけなのに、どうしてこうなった?


「うふふ、やっぱり紋次郎さんって、一緒に居ると飽きないわね。次から次へと騒動を巻き起こす。キーコちゃんの言う通り毎日楽しそう」

「母さん、やめてよ。紋次郎君が調子に乗るでしょう。そうなると桃代さんが大変なんだよ」


「そうね、桃代さんは大変だと思う。だけど、あんなに心配そうな顔をされると紋次郎さんも無茶をしなくなるわよ・・・あっ、こちらはお土産です。紋次郎さんは甘い物が好きと聞きましたので、鬼門家おにかどけいちしのきんつばです」


「すみません、ありがとうございます。鬼門家おにかどけいちしっていうことは、百合の残したふみに出てきた、きんつばですか?」

「そうですよ。今も老舗の和菓子屋として営業中なんですよ。たくさんありますからキーコちゃんもいっぱい食べてね」


「ありがとう椿さん。百合が半分に割って分けてくれたきんつばですね、懐かしい」

「椿さん、わしもひとつ貰ってもええですか?」


「これは皆さんへのお土産なんですから、あなたはダメに決まっているでしょう。まして、最近のあなたは太り気味なんですから少しダイエットしなさい」

「チッ、仕方がない・・・いや~~お互い入り婿は辛い立場ですな、紋次郎さん」


「ユリの親父さん、何度も言いますが、俺は入り婿ではないですぜ。桃代さん、お婿様とか人に言わない方がいいですぜ」

「あうっ、ごめんなさい。だけど、おとしめる意味で言ったのではないよ。紋ちゃんは、わたしのモノだって言いたかったのよ」


「だからね、モノ扱いもやめてくださいね。そのうち怒りますぜ」


助かった、椿さんが話題を変えてくれたので、なんとかこの場を乗り切れた。


椿さんとユリの親父は、ユリの部屋の隣にある空き部屋にしばらく滞在するらしく、荷物の方はその部屋に運び終わっていた。


ちなみに、ユリの親父の名前は虎吉と言うそうだ。

まあ、そうだよな名前はあるよな、桃代がつけたバルボッサが本名のはずがない。


しかし、椿さんに叱られて肩をすくめるその姿、とても虎吉とは思えない、どうみても猫吉だ。


ドタバタし続けた午後からの半日、落ち着いたところで、梅さんが夕食の用意を始めると、苺とキーコが手伝いに入る。

桜子はクルミと一緒に風呂の用意を始め、桃代とユリ、椿さんと虎吉は居間でなごんでいる。


俺は、寝室にある小さな書斎に行き、りんどうと楓の事や桃代に聞いた話をノートにまとめることにした。


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