第313話 入院生活続き

階段で声を掛けられた子供のことを考え続けていたが、何時いつの間にやら俺は眠ったようだ。

寝る前に考えていた心配事や悩み事、不安な事や気になる事、その続きを夢で見る。

そういう現象がたまにある・・・ような気がする。


だけど、どうしてこのタイミングで、あなたが夢に出て来るの? 二度と出てこないように言ったでしょう。


「紋次郎さん、わたしは言いましたよね。【無茶をして命を粗末にすると地獄の罰があります】って。それなのに、今回の件はどういう事ですか? わたしの助言をないがしろにしたのですか?」

「え~っとですね、久し振りですね茜さん。あお兵衛べえは元気ですか?」


「うふっ、そうね、まずは挨拶からよね。今晩は紋次郎さん。あお兵衛べえは元気ですよ、死んでますけどね。それで?」

「そ、そうですか、それは良かった。え~と、あっ!そうそう、ご息女のキーコさんも元気にしております。いや~アレですね、最近のキーコさんは茜さんに似て、べっぴんさんになって来ました」


「そうですか、それは良かったです。あの子もわたしに似て、きっと大きなオッパイになるでしょう。それで?」

「うっ、あの~~あのですね、茜さんは、もしかしてオイラの事が嫌いなんですか? やっぱり人間はお嫌いですか?」


「いいえ。そもそも、好きとか嫌いなど考えた事がありません。ですが紋次郎さん、あなたのことは大好きですよ。しかし、何時いつまでとぼけるつもりですか? 最初の質問に答えてないですよ」

「も、もちろん、茜さんの助言をないがしろになんかしてないですぜ。だけど・・・だって仕方がないでしょう! ああでもしないと、キーコにも危害が及ぶ可能性があったんだから・・・だからお願いです、そんな冷めた目でオイラを見ないでください。夢に出て来ないでください」


「ふ~~ぅ、まぁいいでしょう。ですが、あのような無茶を続けると、わたしは何度でも出て来ます。それから【鬼子きこに良くして頂いて、ありがとうございます】って、桃代さんに伝えてください。それでは今日は帰ります、元気でね紋次郎さん。いえ、紋ちゃん」


茜さんは消えた。気遣ってくれるのはありがたい・・・だけどな、二度と夢に出て来るな! あお兵衛べえッ、おまえはちゃんと見張ってろ!


夢の中で注意おどされ目が覚めた俺は、もう起きる事にした。

二度寝をすると調子が狂う。それに、あと少しで何時いつもの起きる時間だからな。


朝食の時間にはまだ早いので、備え付けの冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、少しずつ水を飲む。

水を飲みながら、昨日の夜に売店で買い、冷蔵庫に入れておいた板チョコが無いのに気が付いた。

あれ、寝ぼけて夜中に食ったのか? いやいや、寝ぼけてチョコを食べるほど太ってない。

仮に食べたのなら憶えている。まして、包み紙まで食べるわけがない。

じゃあ、なんで無いんだ? アレか? 買った気になっただけで実際には買ってないのか? まあ、いいや、チョコレート一枚で悩んでみても仕方ない。


俺は変な認識で納得すると、散歩に行きたいのを我慢して、桃代が来るまで病室で待ち続ける。

桃代が来た時に、病室に居ないと怒られるからだ。

朝食を食べ終わり、ボーっとしていると、桃代は何時いつも通りの時間にやって来た。


「おはよう紋ちゃん。昨日は、わたしが早く帰ったから、寂しくて眠れなかったでしょう。今から一緒に眠る?」

「朝から面倒くさいヤツだな。ちゃんと眠れたから問題ない。それじゃ、オイラはリハビリがてら散歩に行ってきます」


「そうなの? じゃあ、わたしも一緒にいく。転びそうになったら、また支えてあげるね。ついでに食後の薬も、また口移しで飲ませてあげようか?」

「またって・・・散歩に行くのは良いけど、薬は遠慮しておく。てか、人前でアレはやめてよね。キーコとクルミもビックリしてただろう」


「だって、仕方がないでしょう、紋ちゃんは血を吐いてたんだから。無茶するなって、何時いつも言っているのに・・・っと、今のは無し。じゃあ、行こうか」


なんだ? 今のワザとらしい取り消し方は? 何時いつもなら怒涛の追い込みをして、俺から譲歩を取りつけるのに・・・何かたくらんでるな。


まあ、桃代のたくらみなど俺にわかる筈もなく、何も言わず二人で散歩に出掛けると、

外に出て手を繋ぎ、病院の花壇に咲いている花を見ながら、桃代は退院までの手続きを教えてくれた。


「あのね、さっきお医者さんに聞いたんだけど、昨日した検査の結果が今日の午後に出るそうだから、それで問題が無ければ明日退院だって、良かったね」

「そうか、やっと退院できるんだな。桃代さんには面倒を掛けました、俺に出来る事があれば何でも言ってくれ」


「いいよ別に、そんなのは望んでないから。紋ちゃんが、ずっとそばに居てくれたら、それでいい」

「悪いなモモちゃん。ホント、桃代さんには、ガキの頃から世話になり続けだ、ありがとうな。あなたの言う通り、ますます桃代さんが好きになりましたぜ」


「えへへ、そう。わたしも紋ちゃんをますます好きになったわよ。全身に包帯を巻かれた姿、もうドキドキが止まらなかったよ」


ヤバい、この雰囲気で話を続けてはイケない。俺をミイラにする前提が、なし崩しで進んで行く。

俺は桃代の手を引っ張ると、病室に戻り、退院の準備をする事にした。


のぼりの階段を嫌がる桃代はエレベーターを使い、俺はリハビリの為に階段を使う。

この程度の階段を嫌がると、そのうちデブるぜ・・・なんて口が裂けても言わない。

言えば、入院生活が延びるからだ。


ひとりで階段をのぼる俺が、昨日と同じ階数の踊り場を曲がると、昨日のあの子供が俺を待っていた。


「良かった、退院前に兄ちゃんに会えて。ボクね、何も異常は無かったの。だから、これから退院するの」

「お、おう、そうか、それは良かったな。俺も明日には退院する予定だ。もう二度と会う事は無いけど元気でな」


「えっとね、ボクの名前は森山りんどう、9歳です。退院する前に兄ちゃんの名前を教えてよ」

「俺か、俺は紋次郎だ。真貝紋次郎だ。いいか、りんどう。おまえはおかしいヤツじゃない。ちゃんと自己紹介が出来て偉いぞ」


「えへへ、ありがとう紋次郎君。これでお祓いが済めば、【変なヤツ】って言われないよね」

「そうだな、また【変なヤツ】って言われたら、たまたまを蹴り上げてやれ。じゃあな、りんどう。初めて会った時、素っ気ない態度を取って悪かったな。元気で暮らせよ」


もりやまりんどう、森? 山? 林? 道? この子の名前の漢字を考えながら、俺はりんどうの横を通り過ぎると、自分の冷たい態度を自省して、異常が発見されなくてホッとしていた。


しかし、森なのか山なのか、林なのか道なのか、面倒くさい名前だな。


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