第309話 キーコの苦悩2

紋次郎兄ちゃん達が出て行って、ずいぶん時間が過ぎたけど、遅い。

ここから片道一時間だから、往復で二時間。何も無ければすぐに帰るって言ってたのに、いくらなんでも遅すぎる。

何かあったに違いない。だって、もう夕方だもん。


【内緒にして】って言われたけれど、【留守を守る】ように言われたけれど、もう待てない。

あたしは母屋を出るとはなれに行き、議長室に居る桃代姉さんに全てを打ち明ける事にした。

それで、モンちゃんが叱られるようなら、あたしが代わりに叱られる。


普段入ることのない議長室の前でノックをすると、桜子さんがドアを開けてくれ中に通してくれた。

仕事は一段落ついたのだろう、桃代姉さんはユリさんと談笑していた。


談笑していた桃代姉さんは、あたしの顔を見た途端、何かを悟ったみたい、一瞬で真剣な表情に変わった。

あたしは、最初に黙っていたことを謝ると、震える声でここに来た理由を話し終えた。


「不味いですよ桃代姉さん。お昼過ぎにここを出て、まだ帰らないっていう事は、紋次郎君のことだから何かに巻き込まれたんですよ」

「そうね、桜子の言う通りだろうね。悪いんだけど、キーコは山頂に居る龍神様を呼んで来てくれる。ユリと桜子はあとをお願い」


あたしは駆け足で議長室を出ると、言われるがまま山頂までの坂道を、龍神様を呼びに行く為に走り続けた。

急ぐあまり途中で転び、膝から血が出てたけど気にしない。痛みなんて感じない。

雨はんでるから、濡れはしなかった。

だけど、転んだ所為せいで、モンちゃんが買ってくれた服が泥だらけになっちゃた。

あとで謝らないと・・・。


息を切らせて山頂に着くと、龍神様は神社の前で大きな欠伸あくびをしていた。なんて大きな口なんだろう。

あたしは早口で事情を話し、母屋へ戻るように伝える。

最初は眠たそうに聞いていた龍神様は、モンちゃんが帰ってこない事を聞き終わると、怖ろしい顔つきになり、あたしを背中に乗せて、もの凄いスピードで母屋に戻り始めた。


う~~~雨に濡れた龍神様から落ちそうだったから、またがってしがみついてた所為せいでパンツまでびしょびしょになっちゃった。


母屋へ着くと、何時いつものワンピースから、動きやすい服装に着替えた桃代姉さんが、あたしと龍神様を庭先で待っていた。

珍しくデニムを穿いている、龍神様と一緒にあの森に行くつもりなんだ。


あたしも一緒に行きたい・・・だけど、それを願う権利をあたしは持ってない。

だって、あたしはモンちゃんを見送ったのだから。


「キーコ、すぐに着替えて来なさい、一緒に行くわよ。ただしスカートはダメよ。ズボンにしなさい」

「えっ、は、はい! すぐに着替えてきます。ありがとう桃代姉さん!」


すごい、何も言えないあたしの気持ちを、桃代姉さんは察してくれた。

紋次郎兄ちゃんが、桃代姉さんを好きになった理由が、よ~くわかった。

あたしは急いで母屋に入り、自分の部屋で泥だらけの服を着替え始めた。


「ちッ、あのバカたれ紋次郎が! 余計な事をしてからに。キーコはともかく、苺はなんで止めんかったんじゃ」

「仕方がないですよ、キーコと苺は事情を知らなかったんですから。今回はわたしのミスです。まさか、あの森の様子がテレビで流れるなんて、まして普段あまりテレビを見ない紋ちゃんが、それを見るなんて、なんとも間が悪いですね」


「桃代さん、あんたは今回の件をどう見とるんじゃ?」

「それは、紋ちゃんが無事に帰って来たら話します。ただですね、紋ちゃんに怒られると思いますよ。龍神様は」


「へっ? なんでじゃ? ワシ、なんかやってもうた?」

「はい、龍神様自身が忘れている事を思い出して下さい。さてと、キーコの着替えが終わったようです。龍神様は全速力であの森のやしろまで、わたしとキーコを乗せて行ってください」


「なんか嫌な予感もするけど、今は紋ちゃんが心配じゃから、それは置いとこうか。それで、キーコはなんで灰色の服とズボンなんじゃ? 色気もクソも無いのう」

「えっ、だって、雨雲に見えるように、龍神様に乗ってるのがバレないように、この格好にしたんですが・・・鬼島ぎしまに行く時も、【夜に同化するよう黒い服を着た方が良い】って、紋次郎兄ちゃんに言われたものですから・・・」


「まあええけど。ワシは姿を消しても透明になっとる訳ではない。まわりに擬態しとるだけじゃ、ワシの背中に乗っ取れば下から見える事はない。紋ちゃんはバカじゃけぇ、その辺がわかっとらんのじゃ」

「えっ、だって、【雲に見えるように白い服を着なさい】って、最初に龍神様がモンちゃんに言ったんですよね?」


「そうじゃったっけ? よう覚えとらん。あれじゃのうキーコ、その色、香典に名前を書く薄墨色と同じじゃのう」


うっ、そう言えばそうだった。龍神様とモンちゃんの会話は、何時いつもこんな感じだった。

まわりで聞いてる分には良いけど、いざ自分に振られると返事にきゅうする。

更に、ここに桜子さんが居ようものなら、【キーコちゃんはセメント味のバリウムだね。】なんて言いかねない。


お世話になり、頼りにしている龍神様なんだけど、会話を続けると調子が狂う。

それよりも急がないと、モンちゃんだけではなく、苺さんとクルミも心配だ。


気持ちに余裕の無いあたしに対し、桃代姉さんは大きなクッションを龍神様の背中に置くと、あたしを前に乗せ、自分は後ろから落ちないようにあたしを支えてくれる。


桃代姉さんが合図をすると、龍神様は一気に飛び上がり、もの凄いスピードであの森を目指し始めた。

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