第293話 居心地

あまちゃんが居なくなると、桃代は仕事の続きを再開し、キーコと苺は購入した荷物の整理を始め、龍神は苺の観察を開始して、俺はカワウソの世話をする。

なんで俺だけ生き物係なんだ?


愚痴を言っても仕方がないので、俺は森に設置をする為に昨日こしらえたが犬小屋のようだと酷評された、失敗作のやしろをコイツの棲み処にする事にした。

さすがは俺、作った物を無駄にはしない・・・これを想定して、昨日は失敗したのかも知れない。


元はやしろだった物の中に、着なくなった俺の古着を敷き詰めると、快適な空間にしてやる。

これで文句でも言おうものなら、絶滅危惧種の最後の一匹だろうが、鼻血が出るまでビンタをしてやるつもりだ。


「いいかカワウソ、ここがおまえの棲み処だ。もしも、不審者を見つけたらワンワン吠えて威嚇しろ」

「あの~ 紋次郎君、わたしは犬ではありませんので、ワンワンとは吠えないです。だけど、わたしが話し掛けたら不審者は逃げて行くのではないですか?」


阿呆あほう、もしも不審者に話し掛けたら、おまえは連れ去られるぜ」

「あの~ そうすると、カワウソのわたしがワンワン吠えても、やっぱり連れ去られるのではないですか?」


「そんな事はわかってる。ただの冗談なのに真面目に指摘するな。俺のバカが際立つ結果になるだろう」

「ごめんなさい。だけど、連れ去られる心配をしてくれて嬉しいです。そのうえ、こんな立派な家まで用意をしてくれて、やっぱり紋ちゃんに付いてきて良かったです」


「ほ~う、この棲み処の立派さが分かるとは、おまえは中々見る目がある。だがな、紋ちゃん言うな」

「そうですね、ちょっと馴れ馴れしいですよね、ごめんなさい。今度から気を付けます」


「お、おう、おまえは物の怪のくせに意外と素直だな。まあ、そんなに気にするな。俺はおまえの事が嫌いじゃないからな」

「うっ、やっぱり紋次郎君は良い人ですね。あなたを追いかけて良かったです」


正直なところ、物の怪らしきカワウソに好感を持たれ、俺はどうしていいのか分からない。

まあ、このあとで桃代がコイツの正体をあばく可能性がある。それからコイツをどうするか、判断すればいいと思う。

帰りの車の中で、コイツに悪意は無い、キーコもそう言っていたからな、ワンワン吠えるよう冗談を言ったのは、コイツの反応を見たかったからだ。


さて、犬小屋ではなくカワウソ小屋を、龍神の寝床になっている仏間に置くと、俺は龍神を外に呼ぶことにした。

もちろん、苺の様子を聞く為だ。


ちなみに、カワウソ小屋を外に置いたりはしない。番犬代わりにするつもりは無い。

もしも、喋るカワウソが客に見つかると、どんなに口止めをしたところで所詮は赤の他人だ、何時いつか必ず誰かに喋り、それが噂になる。

そうすると、噂を確かめようと人が押し寄せ、非常にマズい状態になる。

なにせ我が家には、存在を知られてはイケない連中が、他にもたくさん居るのだから。


テストの意味を込めてカワウソに龍神を呼びに行かせると、ヤツは喜んで言うことを聞いてくれる。

俺が呼びに行くと苺に警戒をされるかも知れないので、カワウソに呼びに行かせてみたが、意外と役に立つかも知れない。


先に外に出て庭先で待っていると、カワウソが玄関を開けて出てくる。

龍神はそのうしろから続いて出てくる。

カワウソのくせに玄関を開けるとは、なかなか器用なヤツ、俺は自分に子分が出来た気分になった。


出て来た龍神に合図を送ると、俺はデッキブラシを手に持ち、滝のある何時いつもの場所に行き話を聞く事にした。


「どうだったカワウソ、苺に気付かれなかっただろうな。もしもあやしまれたら、目の周りを黒く塗りつぶしてパンダみたいにするからな」

「苺さんって、あの目付きのキツい女のかたですよね。あのかたは、何か布のような物を抱き締めて嬉しそうにしてましたよ」


「そうか、それはきっと勝負下着だな。喜んでいるようなら大丈夫そうだ。どうだ龍神、おまえから見た苺に変化はあったのか?」

「あのな紋ちゃん、カワウソがおるのに喋ってもええの? 後で桃代さんに怒られても知らんで」


「うっ、それはイヤだ。よしカワウソ、おまえはそこで泳いでいろ。もしかすると、ここはおまえの遊び場になるかも知れないからな」

「泳いでも良いんですか! ここは透き通るほど綺麗な水なので、早く泳ぎたくてウズウズしてたんです。ありがとう紋次郎君」


カワウソはあっという間に川に入り、泳ぎ始めた。

ただ単に、話を聞かれたくなくて厄介払いをしただけなのに、感謝をされると、俺の気持ちの居心地が悪い。


まあいい、あとで俺のおやつを分けてやろう。


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