第292話 道づれ

あまちゃんを苦手にしているのは、俺だけではない。

その物凄い神力しんりょくに、苺もキーコも畏怖いふの念をいだき、あまちゃんの前では二人とも極端におとなしい。


荷物を運び終わった俺は、苺とキーコに先に挨拶に行くよう頼み、俺は遅れることを伝言してもらう。

遅れるのは、龍神を道づれにする為だ。

何かした訳ではないが、何かチクチクと言われる気がする。もしかすると、怒られるかも知れない。

その時に龍神が居れば、矛先を分散させられると思うからだ。

そういう訳で、俺は母屋を後にした。


あのヤロウ、カワウソを連れて先に帰り着いているはずなのに、何処どこに隠れていやがる。

そうは言っても、隠れる場所はひとつしかない。

色づく木々を見ながら山頂まで行くと、久し振りに大蛇おろちつかの裏から中に入る。


まあ、予想通り、薄暗い洞窟の中で、龍神はとぐろを巻いて待機していた。


「おい、龍神なんでここに居る? 喋るカワウソは連れて来たのか?」

「あっと、紋ちゃん・・・あのな、ワシはそろそろ冬眠をしようかと思おて、それでここにおるんじゃ。カワウソはその辺におるけぇ、桃代さんに渡しといてくれるか」


「何言ってんだ、おまえが桃代に頼まれたんだろう。それに、冬眠にはまだ早いし、母屋は暖かいって、このところ冬眠をしてないくせに。そもそも食い溜めもしないで冬眠すると餓死するぜ」

「うっ、それはイヤじゃ。じゃけど、母屋にあまちゃんさんがるじゃろう。ワシ、なんかした?」


「やっぱりそれが本音か。まあ、桃代に会いに来ただけだろう。俺たちには関係ないと思うぜ。無視すると嫌味を言われるからさっさと行こう」

「ホンマにそう思う? それじゃったらええけど。なんかあったらワシをかばってな紋ちゃん」


「おまえな~デカい図体のくせに情けない事を言うな。カワウソが憐れんだ目で見てるぞ。それに、おまえには苺の変化を確認してもらいたいからな」

「あの~ 紋次郎君、龍神様が恐れるあまちゃんさんって、どんなかたなんですか? わたしも挨拶をしたほうが良いですよね?」


「いいから、カワウソのくせに変な気を遣うな。下手に出しゃばられると、俺と龍神にとばっちりが来るからな。おとなしくしていろ」

「ごめんなさい紋次郎君、おとなしくしてますね。それじゃあ、行きましょうか。紋次郎君の住んでる所に行けるだなんて、楽しみです」


カワウソを先頭に山道をくだり始めると、俺と龍神はその後ろに続く。

我が家に帰るだけなのに、俺は気が重い。

それなのに新参者のカワウソのヤツ、ウキウキとはしゃぎやがって、それだとどっちが家主か分からないだろう。


だが、龍神を呼びに来てかなりの時間が掛かった所為せい? それとも、おかげ? 母屋に着くと、あまちゃんは帰るところだった。


「こんにちは、あまちゃんさん。龍神を呼びに行ってたものですから、挨拶が遅くなってすみません」

「うむ、まぁ、気にせずともよい。われはモモに用事があっただけじゃからのう。それより紋ちゃんおぬし、最近はもも神社の拭き掃除が行き届き、よい塩梅あんばいじゃ。これからも励めよ」


「はい、ありがとうございます。でも、俺ではなくキーコをめてやってください。あの子が頑張ってくれるから、神社はきれいなんです」

「そうか。じゃが、それはわれの務めではない、おぬしの役目じゃ。キーコを上手く導いてやれ。もちろん、龍神や苺に関しても上手く導いてやれ・・・・それではモモよ、邪魔をしたな。また近い内に寄らせてもらうぞ」


「は~い、てんちゃんも気を付けて帰ってね。今度来る日を楽しみにして待ってるからね」


何事もなく、あまちゃんは帰って行った。何処どこに帰るかは考えない。

龍神はホッとしている、カワウソはあまちゃんの神力しんりょくに当てられたのか、硬直している。

もちろん、神力しんりょくなんて目に見えない力を俺は感じることが出来ない。

だが、龍神がオドオドする位なのだから、相当な力なのだろう。


まあ、俺にしてみれば、面倒事がひとつ過ぎただけだ。

これから、苺の事やカワウソの事など、まだまだ面倒事がてんこ盛りだ。


あまちゃんに小言を言われなくて良かったが、【龍神や苺を導いてやれ】って、どういう意味だ? 俺は普通の凡人だぞ、何か特別な力がある訳でもないのに、どうすれば良いのだろう。どうして俺にそんな事を言うのだろう。


考えても分からないし、今はそれどころでは無いので、それは保留という名目で忘却しようと思う。


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