第289話 キーコの苦悩

紋次郎兄ちゃんと別れた後で、苺さんの希望のお店に、あたし達は向かいました。


苺さんに桃代姉さん、それから、あたしを含めた三人で、一緒に衣料品店に入ると、店主の田中さんは一瞬で顔色が変わった。

どうして、そんなに緊張した顔色に変わったのだろう。


あれ? 桃代姉さんって、こんなに冷たそうな目付きだったかしら。

うわ~っ、苺さんの目付きは、完全に獲物を狙う野生の眼つきだわ。


これじゃあ、緊張した顔色に変わるよね。

ふふっ、でも、ちょっと面白そう。あたしの大好きな紋次郎兄ちゃんに嫌な思いをさせたのだから、これからどうなるか黙って見ていよう。


うそッ! 初めて聞いた、桃代姉さんの冷たい口調、まるで別人みたい。

え~~! 初めて見た、苺さんのはしゃぐ姿、そんなキャラでしたっけ。


桃代姉さんは、お店の人に配送が出来るかどうか、冷たい口調で聞いていた。

どうして配送するのだろう? 車に積めるのに。

苺さんたら勝負下着コーナーに、まっしぐらだわ。余程勝負下着が欲しかったのね。

だけど、誰に見せるつもりなんだろう?


あたしは静観しているだけだけど、店主の田中さんは秋なのに、あんなに汗をかいている。

余程、桃代姉さんと苺さんが怖いのね。

無理もないよね、鬼のあたしですら二人のギャップに戸惑って、恐れを感じるもの。


あれ? 桃代姉さんたら、何時いつ清楚せいそよそおいなのに、どうしてあんな物を選ぶのかしら?

あ~~あれは、絶対にモンちゃんを揶揄からかう為だよね・・・・だけど、あたしには桃代姉さんを止められない。

ごめんねモンちゃん。揶揄からかわれたら、あとで慰めてあげるね。


えッ! 苺さん、それはダメだよう。

それは、百合の離島の店で、一度はモンちゃんに断わられた、あの衣装でしょう。

それを買うと、怒られますよ。


あたしはこの時、初めて気が付いた。


紋次郎兄ちゃんと一緒に暮らしているあの家で、あたしにいろいろ教えてくれた、優しい桃代姉さんと親切な苺さんですら、モンちゃんが困るような買い物をしている。

そこにユリさんと桜子さん、そして龍神様が加わるのだから、紋次郎兄ちゃんって凄く大変なんだ・・・でも、大変そうな素振りは見た事がない。


今回も楽しそうにキャーキャー言いながら、きっとモンちゃんに怒られると思う。

本当に毎日がお祭りみたい。


「どうしたの、キーコもこっちに来て選びなさい。キーコが可愛くなれば、紋ちゃんは喜ぶからね」

「あの~桃代姉さん。いま手に持っている、その怪しげな物はなんでしょう? ずいぶん妖艶な物に見えますけど?」


「あ、これ、これはエプロンよ。なかなかセクシーでしょう」

「そうですか、割烹着の一種なんですね。勉強になります」


何なのアレは! もも色のレオタードに、フリルの付いた白くて小さな前掛けがあるだけ。

あれの何処どこがエプロンなのかしら? あれを着て何を料理する気なのかしら?

・・・ ・・・まさか! 料理される材料は紋次郎兄ちゃん?


本当だった。

モンちゃんの言った事は本当だった。桃代姉さんって凄く変な人だった。

うわ~ッ! 桃代姉さんと苺さんが、エッチなエプロンとボンテージ衣装を見比べて、意気投合している。


どうしよう? あたしは、どうしたらいいのかな? 厳しいけれど、二人を止めるべきなのかな? それとも、二人の気分を害させないように、便乗するべきなのかな?


こんな時にユリさんか桜子さんが居てくれたら、桃代姉さんの暴走を止めてくれるかも知れないのに・・・。


あたしは両手に買い物カゴを持つと、二人が選んだ物を持ち運ぶ、お手伝さんになる事にした。


しかし、どれだけ買うつもりなのだろう? あたしが両手に下げている買い物カゴは、すでに一杯なのに、まだ選んでいる。

桃代姉さんは、あたしやユリさんと桜子さんにも可愛い洋服を買ってくれた。

もちろん梅さんにも。


買う物を選び終わると、桃代姉さんも苺さんも満足そうな表情を浮かべていた。

だけど、あたしは不安だった。紋次郎兄ちゃんにって、ミイラのコスプレ衣装も買ってたからね。

このお店は、どうしてこんなモノを売っているのかしら?


商品を選び終わり大量の品々をレジに持って行くと、桃代姉さんの物言わぬ交渉術に、あたしは驚いた。

まずは赤ちゃんの産着うぶぎを先に出すと、宅配便で送るよう伝票に椿さんの名前と住所を書いて、店主の田中さんに手渡した。


伝票の不備の有無を確認していた店主の田中さんは、送り先と受取人を見た途端、伝票を持つ手が震え、タイムセールと言いながら、全ての商品を半額にしてくれた。


このお店が百合の島にある、あのお店の系列だという事に、桃代姉さんは気付いていた・・・凄い観察力だわ。


衣料品店での買い物が終わり、あたし達が外に出ると、たまたまお店の外に居た酒屋の店主さんは苺さんを見た途端、お店の中に逃げ込んだ・・・まぁ、それは、そうなるよね。


大量の荷物を車のトランクに積み終わると、桃代姉さんはスーパーに、苺さんはお金を貰い酒屋さんに行ったみたい。

あたしは車に残り、紋次郎兄ちゃんの帰りを待つ事にした。だって、悪い予感がしたんだもん。

理由はもちろん、苺さんが酒屋さんに行ったから・・・。


お願い紋次郎兄ちゃん、早く帰ってきて~~~~!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る