第290話 苦悩は誰のせい?

キーコの苦悩を知らない俺は、バカが加速したままネズミを連れて、車を止めた場所まで戻って来られた。

桃代は店から見えないように車の陰にシートを敷いて、楽しそうに苺とキーコの三人で、お昼ご飯を食べている・・・まるで遠足だ。


だが、キーコだけは疲れた顔をしているが、何かあったのだろうか?


あれ? よく見ると桃代と苺のヤツ! 昼間から酒を飲んでいやがる。

バカたれが、こんな所で宴会をしやがって! 

でも、まあ、苺が楽しんでるようだから大目に見てやる。

運転するのは俺だし、桃代の機嫌が良ければ、ネズミの事を頼みやすいからな。


「紋ちゃんも龍神様もお帰りなさい。どうだった? やしろの設置は無事に済んだの?」

「うん、桃代さんのおかげで、スムーズに済んだぜ、ありがとうな。それよりもこの状態はなんだ?」


「だって~もうお昼でしょう。お腹が空いたから仕方がなかったのよ。キーコの為にも規則正しい食生活をしないとね」

「まあ、そうだな。その割には・・・キーコどうした? なんでそんなに疲れた顔をしてる?」


「あはは、あたしは疲れてないから大丈夫だよ。ちょっとだけ、紋次郎兄ちゃんの苦労が身に染みただけ。モンちゃんの方こそ疲れたら、あたしに言ってよね。肩を叩いてあげるから」

「おっ、おう、なんかよくわからないけど、その時は頼むな。苺の方はどうだった? 身体に変化はあっ・・・じゃなくて、気に入った物はあったのか?」


「紋次郎さん、ありがとうございます。わたくし、大変有意義な時間を過ごせましたわ」

「そうか、それなら良かった。桃代さん、ちょっとこっちに来てくれる・・・・どうだった? 苺に変化は起きてないか?」


「うん、それについては帰ってから話をしよう。それよりも、紋ちゃんの足元に居る、それは何なの?」

「あっ、このネズミ? コイツは森の近くにある池に居たんだけど、付いて来ちゃった。桃代さん、ウチで飼っても良い?」


「あのね、紋ちゃんは、この子が何なのか分かってないでしょう? よく見なさい。この子はネズミじゃなくて、どう見てもカワウソだよ。絶滅したと思われてる特別天然記念物を、我が家で飼える訳ないでしょう」

「カワウソ? 池に居たのに? って、ちょっと待って。絶滅したと思われてる特別天然記念物? それって、しかるべき所に連れて行けば、謝礼が出たりする?」


「いいね~ 紋ちゃんの欲深い好奇心はまだまだ健在だね。ただね、どうして、それをエジプトに向けてくれないの?」

「エジプトは、言葉が分からないから行きたくない。それよりも、良かったなネズミ。おまえを待遇の良い場所に連れて行ってやる。そうしたら、俺は謝礼がガッポリだ」


「うそ、酷い、紋次郎君がアッサリ裏切った・・・・龍神様なんとかして、わたしは紋次郎君と一緒に居たいです」

「はい、ストップ。キーコと苺はシートを片付けて、早く車に乗りなさい! 龍神様はこの子を捕まえて、母屋へ連れて来てください。紋次郎、急いでこの場をずらかるわよ!」


「えっ! 連れて帰っていいのモモちゃん? コイツは特別天然記念物なんだろう。ウチで飼うと逮捕されるぜ」

「なに言ってんの! 紋ちゃんは馬鹿なの? この子ったら喋ってるじゃない! 人語を返した時点で普通のカワウソではない。そのくらい気付きなさい!」


「・・・・へっ? だって、コイツは俺の事を【かしこい】って褒めてくれたぜ。意外と良いヤツなんだぜ」

「そういう事を言ってるんじゃないの。紋ちゃんは、この子に呼ばれたの。この子は紋ちゃんを見つけて付いて来たの。この子には何かが取り憑いているの。紋次郎! あなたはもっと危機感を持ちなさい」


「呼んだ?・・・おい、ネズミ、じゃなくてカワウソ。おまえは動物の分際で俺を呼んだのか? 動物のフリをして俺を騙したのか? カワウソだけにウソをついたのか?」

「あ~もうッ、つまらない事を言わなくていいから、紋ちゃんも早くしなさい! ここで騒ぐと目立つでしょう!」


桃代に怒られて、俺はやっと正気を取り戻した。

そうだよな、人語を喋るカワウソなんて居るはずがないのに、龍神やヘビの苺と普通に会話をする所為せいか、その辺の感覚が俺はマヒしているのかも知れない。


現状を理解したキーコは一段と疲れた顔になり、苺は呆れた視線で俺を見る。

我に返った龍神も、喋るカワウソを両手でかかえると、桃代に怒られる前に姿を消して、サッサと母屋へ向かったようだ。


地面に敷いたシートの片付けが終わると、苺とキーコは後部座席に乗り込み、俺は帰りの道を安全運転で急ぐ。


ここに来る時の車内では【道中は楽しまない】と、なんて言ってたくせに、帰りの道中では、桃代の小言の聞かされ続け、俺は何も楽しくない。


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