第234話 ラベル

この島に来るまでに、座り心地の悪い龍神の背中にまたがり、キーコに密着したまま考えた俺の作戦。

それは・・・他力本願、呼んでちょうだい作戦・・・。


そもそも俺は何も力を待ってない。

だが、この世の者では無いヤツや、物の怪には妙に好かれる。

桃代にも妙に好かれているから、アイツも物の怪なのかも知れない。


それはさておき、何時いつもは、【無意識に行動をするな! それは何かに呼ばれているからだ!】死体を見つける度に、そう言われ、桃代や桜子に怒られる。


不審な何かを感じたら、まずはわたしを先に呼びなさい。


発見当時の状況を聞かせてくれと言いながら、容疑者扱いをされる俺の身を案じて、警察に迎えに来てくれた桃代に、そんな注意をされる。

その後で、一晩中ねちねちと説教をされる。


無意識に行動してる俺が、意識して桃代を呼びに行けるのか? そんな疑問はもちろん口には出さない。説教が長くなるからだ。


今日は思う存分、無意識に行動するつもりだッ!

ただし、キーコの母ちゃんが呼んでくれないと行動は出来ない。

俺の作戦は、あくまで受け身、キーコの母ちゃんに俺を呼んでもらうことだった。


その為には辛いだろうが、キーコに母ちゃんと楽しく過ごした日々を思い出してもらい、まだ自分が生きている事実や、いま自分がここに居る現実などを、心の中で念じてもらいたい。

それで、俺が呼ばれなければ、遺骨や遺品を見つけるのは無理かもしれない。


だが、これは諸刃もろはつるぎだ。

念願が叶い、遺骨の他に、何かキーコの母ちゃんに連なるモノが見つかれば、救いはあるが、何も見つからないと、母親を強く思い出した事で悲しみが倍増する。


【あたしは紋次郎君が居れば、なんでも耐えられる。】そんな事を言ってはいたが、言葉通りには受け取れない。


しかし、やるしかない。

俺は覚悟を決めて、龍神や苺にも聞こえるように、キーコに作戦の内容を説明する。

説明をするつもりなのだが、俺が口を開く前に邪魔が入った


「ふうっ、やっと着いた。紋ちゃんのその様子だと、死んだ鬼の怨念が残っていたようね。もうッ、バルボッサが急がないから。あとで椿さんに、お仕置きをしてもらうからね!」

「なんでそうなるの? 桜子さんの船酔いが酷くて急げんかったのに・・・・わしは頑張りましたよ」


「言い訳をしない! ほら、さっさと用意をしなさい。みんなもお腹が空いたでしょう。ユリと桜子も手伝いなさい。椿さんもお願いします」

「うっ、なんちゅう人使いの荒い人じゃ。わしの方が年上なのに・・・」


「あなたッ、真貝様に失礼ですよ。あなたが今も元気なのは、紋次郎さんのおかげなんですよ!」

「うっ、椿さんまでそっちの味方。婿養子のわしの味方はユリちゃんだけじゃ」


「もうッ、父さんはこんな所でみっともない事を言わないでよ。早く食事の用意をしないと、桃代さんに怒られちゃう」

「うっぷ、お願いユリさん、わたしの担当を任せてもいいですか? わたしは気持ちが悪くて死にそうです」


「なあ、そろそろツッコんでいいか? どうしておまえがここに居るッ! 桃代だけじゃない、なんでユリと椿さんまで居る。あとバルボッサってユリの親父の事か? おい桜子ッ、そんな所で吐こうとするな!」

「うぐッ、紋次郎君の間抜けヅラを撮るつもりだったのに、わたしの方が醜態を晒すとは、とんだ間抜けだわ」


「はいはい、いいから落ち着きなさい。わたしは最初から来るつもりだったのよ。紋ちゃんは、わたしが来ないと勝手に思い込んでただけでしょう」

「いや、おまえのことだ、絶対に来ると思っていたぜ。ただ、こんなに早く来るとは思わなかったけどな。も~~っ、桃代さんが仕切り始めるから、オイラの作戦は滅茶苦茶ですぜ」


「いいから、紋ちゃんは早く着替えなさい。キーコも龍神様も疲れたでしょう、食事を用意させるから、いっぱい食べて元気を出しなさい。辛い顔をしてると良い事は起きないわよ」

「なあ桃代、バルボッサが船を出すんなら、どうしてキーコをそっちに乗せてやらなかった」


「だって、船酔いをしたら可哀想でしょう。桜子を見てみなさい、エクトプラズムでも吐いたような顔をして、キーコがあんな顔色になってもいいの?」

「うっ、さくらちゃんが、さっきの紋ちゃんと同じような顔色をしとる。可哀想じゃのう」


「桜子、おまえは何しに来たんだ? いつもいつも手間を掛けさせやがって、クソ面倒くさい女だなッ! 龍神の背中に乗ってさっさと帰れ!」

「ごめんってば、怒んないでよ紋次郎君。わたしも役に立ちたかったんだよ」


「まぁいいわ、桜子はそこで休んでなさい。あとこれ、お花を持って来たから、キーコはこれを供えて、みんなの冥福を祈ってあげなさい。お線香は紋ちゃんが持ってるからそれも一緒にね」

「桃代様ありがとうございます。本当は、あたしが用意をするべきなのに、気が回りませんでした。すみません」


「桃代さん、あなたの足元にある俺のリュックに、線香とお供え用の酒も入ってるから、取ってくれない」

「いいけど・・・・ねぇ、紋ちゃん、このお酒はどうしたの? 何処どこかで買って来たの?」


「そうだけど。ほら、線香だけだと味気ないだろう。なんかこう、海に酒を流して死者の冥福を祈る? そんなイメージがあったから」

「ふ~ん、まぁいいけど、ちょっとこっちに来なさい」


桃代が急に怪訝な表情を浮かべている。

意味がわからず、そばに行くと、皆と離れた場所に連れて行かれて、小声で話し掛けられた。


「紋ちゃんは、もう少し頭と気を使いなさい。こんなお酒をキーコに見せていい訳ないでしょう」

「なんで? 日本酒はマズいの?」


「そうじゃない! よく見てみなさい!」


リュックの中にある小さな酒瓶を、取り出さないように桃代が見せてくれる。

おぅ~~確かに、何も考えずに買っちまった、やっぱり俺はバカだった。


酒瓶には、鬼ころしのラベルが貼ってある。


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