第232話 う~~

東の水平線に太陽が昇り始めた。

いま俺たちは、鬼島ぎじまが見える鬼島ぎじまの先端辺りに居る。


これは一粒で300キロメートルも走れるキャラメルだ、そんな感じでホラを吹き、十粒まとめて口に入れると、龍神は休むことなくここまでやって来た。

元々その力を持ってるくせに、出し惜しみをしやがって・・・。


上陸をして、俺が立っているこの砂浜には、覚えがある。

悪夢の中に出て来たあの砂浜だ。

だが、浜の近くにあった干物を作る小屋は無く、鬼たちが住んでいた粗末な家も今は無い、残骸さえも見あたらない。

今はもう誰も居ない、生活感も活気も何もない、同じ場所とも思えない、わびしい光景があるだけだった。


それでも、澄んだ水の蒼い海が広がるだけ、マシかもしれない。

鬼から流れ出た血により、赤黒く染まった、あの海の光景は二度と見たくない。


さて、問題はキーコだ。

キーコは薄暗い中で島が見え始めると、落ち着きがなくなり、島が近付き始めると、震えが止まらなくなり、上陸の直前には、血の気が引いて蝋人形のようだった。


それでも気丈に上陸をしたが、キーコは浜に立ち尽くし、茫然ぼうぜんとしたまま涙を流し続けている。

覚悟はしていたようだが、あの時の光景がよみがえり、自分でもどうしようもない状態なのだろう。


う~~ッ、さすがに声を掛けられない。

龍神も困った表情を浮かべている。

このまま落ち着くまで待つしかないのだが、悠長には出来ない。何故なぜなら、俺の身体からだにはすでに悪寒がしているからだ。


ウソだろうッ! 本当に殺された鬼の恨みが残っていたの? マズいぞ、ユリの親父の時と比べても、比較にならない程の悪寒が走る。大阪のおばちゃんが走っている訳ではない。


こういう時は女の方がいい、男の俺と龍神は役に立たない。

キーコをそばで見守るように苺に頼み、二人には【まわりの様子を見に行く】と伝えて、俺と龍神はこの場を離れた。


苺とキーコに見つからない岩場の方に急いで行くが、足がなかなか前に進まない。

まるで三人四脚だ。

もちろん、そんな競技は見た事がない。

ただ、真ん中に俺が居て、思うように動けないそんな感じだ。


俺はぎくしゃくと歩き、キーコと苺が見えなくなると、龍神に支えられて移動した。


「よう頑張ったのう紋次郎。今すぐ流してやるけェ、あと少し頑張りんさい」

「う~~すまん龍神。おまえの言う通りだった。殺された鬼の恨みが、まだ残ってるみたいだな。しかも、結構強烈だぜ。でも、これで成仏してくれたらいいな」


「己の無念を誰かに知って欲しかったんじゃろう。じゃけど、まだ終わった訳ではない。残りのヤツも寄って来とる。あと少し、気をしっかり持ちんさい」

「う~~頭が痛い。う~~気持ちが悪い。う~~ゲロを吐きそう。う~~龍神なんとかしてくれ」


「あと少しじゃ頑張らんかい! ええか紋次郎、いま吐いたらえらい事になるけぇ、辛抱しんさい」

「う~~なんでだ? この状態で吐くとエクトプラズムでも出るのか? 鬼の交霊会でも始まるのか?」


「あのな~ふざけとる場合かッ! ええか紋次郎、ワシは口ですくって海の水を掛けとる。ゲロが混ざった海水をすくえるか! 紋ちゃん自身もゲロだらけになるじゃろう!」

「う~~それはマズい。ゲロゲ~ロって、ショッカーの戦闘員だか、怪人みたいになるな」


「そんだけつまらん事を言う余裕があれば大丈夫じゃ。あんたは、ほんまに手の掛かる子じゃのう」

「う~~すまんな龍神。あとでお礼に、俺の大好きなチョコを百個くらいまとめて食わしてやる」


「おっ、お~~百個も!? さすがは紋ちゃん、太っ腹じゃのう。どんどん流すけぇ、あと少し頑張りんさい」


百個と言っても俺の大好きなチョコベビー、百個合わせても板チョコ一枚分も無い。

そもそも、この季節にチョコを百個も持ち歩く訳ないだろう。

リュックの中が溶けたチョコでドロドロになるぜ。


チョコベビーを見せて、龍神が不貞腐ふてくされないようにしないとな。


などと、相も変わらずバカなことを考える、俺にはまだ余裕があるのかもしない。


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