第211話 問題集

着替えを済ませて出てきた桃代は、バッグを持っていたので、代わりに持ってやると、俺はリュックを背負いなおしてシャベルを肩に担ぐ。

これでパンニング皿でもさげてれば、間違いなく砂金採りだ。

砂金を採りに行く訳ではないのに、砂金を採った気になり、気分が高揚している俺は、やっぱりバカかもしれない。


そんな俺の様子を見ていた桜子は、何かを察したのだろう、深いため息をひとつ吐いた。

ユリは台所から包みを持って来ると、桃代に手渡し、桃代は受け取ると俺に手渡す。

何これ? 最初から俺に渡せばいいじゃん。

キーコは心配そうな顔をしてそばに来ると、俺をしゃがませ、抱き付いてきた。


「モンちゃん、桃代様の言う事をよく聞いて、無事に帰って来てね。怪我とかしたらダメだからね」

「あのなキーコ。桃代の言う事を聞くと、俺は海で人魚姫ごっこをしないといけなくなる。無事に帰る為には、まずは桃代にお願いしろ」


「紋次郎君! キーコちゃんはそういう事を言ってんじゃないッ! あんたバカなの?」

「うるさいぞ桜子、おまえは口を挟むな。まあ、さっきのは冗談だ。いいかキーコ、俺はちゃんと帰って来る。おまえを一人にはしない。だから安心しろ」


「さてと、そろそろ行くわよ。ユリと桜子は何かあれば、すぐに連絡を入れること。何もなくても定期的に連絡をするように。キーコは現代に慣れる為に、昨日渡した問題集を時間通りにやりなさい」

「いいかキーコ、ユリと桜子に意地悪をされたら、必ず俺に言え。もう古斑こはんが赤くなるまで、ケツをシバいてやるからな」


「紋次郎君、二人ともすごく優しくしてくれるのに、そんな言い方をするとユリさんと桜子さんに失礼だよ」

「そうだよ紋次郎君。今度わたしのもう古斑こはんを口にしたら、セクハラで訴えるからね」


「まったく紋次郎君は失礼ですね。わたしのお尻を叩くと婦女暴行で訴えますよ」

「ケッ、ユリも桜子も今朝の食事を思い出せ。ご飯のおかずにライス大盛りみたいな、メニューを出しやがって、梅さんと椿さんにチクってやるからな」


「出たッ。紋次郎君の最終兵器、婆ちゃんへのチクり。どうもすみませんでした。キーコちゃんの世話を、ちゃんとするので許してください」

「お願い紋次郎君、母さんには言わないで。母さん、敵味方をハッキリさせる人なので、なんか妙に気に入ってる紋次郎君に意地悪をしたのがバレると、しつけと称してお尻を叩かれちゃう」


ユリと桜子には返事を返さず、キーコに問題集を頑張るように伝えると、俺は桃代のあとに続く。

龍神はうっすらと姿を消して宙に浮くと、俺と桃代について来る。


鬼門おにかどの家を出ると、道案内をするのは、地図を持つ桃代の役目だ。

桃代の重たい荷物とシャベルで両手が塞がっている俺は、地図を見ながら歩けない。

目的地まで、桃代の指示通り歩くだけだ。


寺がほかの場所に移り、利用頻度が激減したのだろう、寺の跡地に向かう道はアスファルトが割れたまま、そこから雑草が生えて、整備がおろそかになっている。

まわりには田んぼや畑があるので、今はもう軽トラとトラクターくらいしか、この道を使わないのかも知れない。


ただでさえ出歩く人の少ない田舎道、島の繁華街とは反対側に進む為に、尚いっそう誰も居ない。

そんな閑散とした道を歩き、その先にある存在感があるくせに静かにたたずむ山、その山のふもとにある寺の跡地に向かう俺は、砂金を採った気分を忘れて、今から神隠しに遭うような不吉な気分だ。


だが、そんな気味の悪さを感じているのは俺だけだった。

桃代は楽しげに、どんどん先に進んで行く。

龍神は、弁当のおかずは何なのか、桃代に質問をしている。


キーコの身を案じて心配しているのは、俺だけかも知れない。

そんな事を考えていると、俺はふっと気が付いた。


「なあ桃代、おまえがキーコに渡した問題集って、どんな問題を出してあるんだ?」

「へっ? どうしたの急に? 大丈夫よ、難しい問題は出してないから」


「それならいいけど。ちなみに、どんな問題を出したのか一問教えてくれない」

「別にいいけど、むかし紋ちゃんにもレポート用紙に書いて渡したモモクイズ、あれだよ」


!? モモクイズ・・・わたしのお尻とオッパイ、どっちがモモ? をはじめ、モモとスモモとわたしの太モモ、旬はどれ? なんて、意味も答えもわからないクイズ。それの問題集って・・・キーコ、可哀想に。


この時、急いで帰らねばっと俺は考えた。


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