第175話 文箱

ユリにあきれた視線を向けられて、桜子には【やっぱりねっ】という顔をされ、俺は非常に居心地が悪い。

文箱ふばこを手にしたまま梯子を下りると、俺は蔵を出る。桃代に解読してもらう為だ。


文箱ふばこを持つ俺に気付いた桃代は、一瞬にがい顔をしたように見える・・・なんでだ?

桃代の隣に移動して椅子に座ると、事情を説明した後で文箱ふばこを見せて読んでもらう。


ユリと桜子も蔵から出て来ると、桃代のそばにやって来て、中身の内容を聞こうとしている。

桃代はざっと目を通した後で、俺にも分かるように書かれた時代とその背景を、先に説明してくれた。


俺が蔵に居るあいだに、桃代がユリの爺さんに聞いた話によると、鬼門おにかどの家は、昔この島の庄屋だったらしく、農業の他に漁業も仕切っていたようで、かなり裕福な家だったらしい。

今も充分裕福に見える。


ふみが書かれた時代は元禄で、300年くらいの前のふみらしく、誰かに書いた物ではなく、今で言うところの、日記のような物ではないかという事だった。

こんな物が残せるのは、裕福だった証拠らしい。

それに、これを書いた人間は、まだそんなに年端としはもいかないと思われる。


そんな前置きをした後で、桃代は文を読み始めた。


「え~っと、ちょっと待ってね、紙が傷んでるし、読み辛いから。なになに、【わたしは今日も熱が出て、お留守番だ。家族の者は野良仕事に出掛けた。父さんと兄さんだけは、船で魚の日干しを本土の問屋さんに卸しに行った。わたしも行きたかったな。でもいいや、本土に行くと、わたしの好きなきんつばを、お土産に買って来てくれるから】ふ~ん、これを書いた子は、身体からだが丈夫ではなかったみたいね」

「なあ桃代、蔵の屋根裏が座敷牢みたいだったけど、これを書いた子が隔離されてた。その可能性はないのか?」


「う~ん、その可能性は低いわね。元禄の時代にこの辺りで、疫病が流行はやった記録はないからね。え~っと、次ね【今日は熱が出なかった。でもやっぱり留守番だった。わたしには友達が居ない。わたしのように、すぐに熱が出る子とみんなは遊ばない。それに、年齢としの近い子は、みんな野良仕事の手伝いをしてるから】なんか、可哀想な子ね。大学入学当時のユリみたい」

「桃代さん、出来ればその話は内緒にしてください。島から出たあの頃は、戸惑う事ばかりだったんです」


「だからって、あんなあからさまなサークルの誘いに乗らないの。なんなの、けん玉同好会って? 夏はダイビング、冬はスキーって意味がわかんない」


じゃあ、おまえが主催した、ミステリー発掘盗掘ミイラ研究会は意味がわかるのか、俺はそう思うが、決して口に出さない。

ミイラの単語が出た途端、桃代が脱線するのが目に見えているからだ。


「では、続けるよ【今日は調子もいいし暇だから、散歩に出かける事にした。暑いから涼む為に河原に行くと、見た事のない女の子がいる。なんか泣いてる? わたしは気になって声を掛けた。それからその子と友達になった】って、何か唐突ね。けん玉同好会の悪い噂を教えてあげた途端、わたしに懐いたユリみたい」

「あの~桃代さん。いちいちわたしを引き合いに出すのは、やめて頂けると、家族の者が心配しますので」


「いいでしょう、事実なんだから。けん玉同好会の奴ら、婦女暴行で逮捕されたけど、ユリが被害者にならなくて本当に良かったわ」

「はい、桃代さんのおかげです。わたしは、桃代さんのミステリー発掘盗掘ミイラ研究会に入って本当に良かったです」


確かに、ユリが婦女暴行の被害者にならなくて良かったと思う。だが、代わりに盗掘で逮捕されるぞ。

俺と桜子は目を合わせると、そんな会話を視線の先で交わしていた。


「え~っと、次の文は、なになに【その子は、どうやらこの島の人ではないらしい。話を聞くと、舟に乗り他所よその島から流れ着いたみたい。突然やって来た侍に、母さんや島民が斬り殺されたらしく、島に帰って仇討あだうちすると教えてくれた】う~ん、仇討あだうちかぁ。オシリスがセトに殺され、息子のホルスが仇討あだうちをするエジプト神話を思い出すわね」

「あの~桃代さん、仇討あだうちといえば赤穂浪士なのでは? そんなマニアックなエジプト神話を誰が思い出すでしょうか」


「なあに? もう忘れちゃったのユリ。もう一度わたしの講義を聞く?」

「あ、いえ、そういう訳ではないです。それよりも、紋次郎君が難しい顔をしてますが、何か不明点でもあったのでしょうか」


あれ? なんだろうこの内容? 何か憶えが有るような無いような? なんだっけ?


「どうしたの紋ちゃん、頭をひねっているけど、何か分からない事でもあるの?」

「いや、続きを頼む。出来ればこれを書いた子と、その友達の名前を知りたい。あとところどころ、おまえの感想をぶち込むのはやめてくれ」


「うっ、ユリの所為せいでわたしが注意された。まぁいいわ、名前、名前ねぇ・・・・・あった。え~っと、これを書き残した子は百合だって、友達はホオズキって書いてあるわよ」

「!!・・・まさか?」


「えっ! わたしですか? わたしは書いた記憶がありませんけど」

「当たり前でしょう。300年前のふみなんだから、くだらない事を言わないでよ」


「うっ、桃代さんだって、くだらない事を言って、紋次郎君に注意されたくせに」

「なあにユリ、わたしに反旗を翻すつもり? そのつもりなら、こっちにも考えがあるわよ」


「ごめん桃代、ちょっと静かにしてくれる。ユリ、さっきふみの中に出てきた河原って、どこら辺にある?」

「はい? 文の中に出て来る河原かどうかはわからないですが、すぐ近くに川は流れてます。でも、わたしが小さい時に護岸工事をしたので、いま河原はないですよ」


「そうか、一応場所を教えてくれ。少し見てくる」


ユリに場所を教えてもらうと、俺は急いで河原に向かう。

なんだろう、偶然かもしれないが、俺が見た悪夢の内容と妙に一致している。


あの悪夢の中で、百合の友達になったのは俺だった。

じゃあ、俺がホオズキとして300年前に体験した事なのか? 

いや、そんなはずはない。


俺の前世は千年前の紋次郎なのだから、仮に300年前にホオズキとしてこれを体験していたのなら、千年前の俺の記憶は、かなり上書きをされている筈だ。


もしも、別の人格が混ざっていれば、桃香が俺に気付く訳がない。


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