第174話 蔵

桃代はユリの家族と雑談を続けている。

その会話の中から、秘密にされている事を引き出そうとする、桃代の話術なんだろう。

俺はその隙にユリと桜子を連れて、蔵の中で文献を探す事にした。


蔵の中は意外と涼しい。

もしも蒸し暑ければ、きっと短気を起こして、中の物を雑に扱ってしまうだろう。


涼しくて良かったのだが、ホコリが半端じゃない。

ここに居続ければ、もの凄い勢いで鼻毛が伸びるのではないか。

そう思い、鼻毛ボウボウの桜子の顔を想像すると、俺は笑いをこらえている。


実際は、俺も桜子もユリと同様に、タオルをマスク代わりにして口と鼻を隠しているのでそうはならないと思う。


なんでもかんでも放り込まれた蔵の中は、桃代の乱雑な部屋といい勝負だ。

網元と言ってた割には、農機具なんかもどっちゃりある。


盛りをしてまで隠したいいしろうだ。

人の目に触れて欲しくない忌わしい物だとすれば、それに関する文献は見つけづらい場所にしまってあるだろう。

俺は一階を見ること無く二階に上がると、天井をよく見て調べる。


見つけた。


一番奥の天井板が、少しずれている。

おそらく、あそこから天井裏に行けるはずだ。

俺は梯子はしごを持って二階に来るように、ユリと桜子に大きな声で伝える。


「なによ~紋次郎君は一人で先に行かないでよ。ヘビが出ても助けてあげないよ」

「よし桜子、おまえは一人で先に上がって来い。俺が梯子はしごを取りに行く」


「えっと、もしかして、紋次郎君はヘビが苦手なんですか? もしもそうなら、わたしと一緒です。わたしは子供の頃に、足に巻き付かれて気を失った事があります」

「ユリ、そういう事は早く言え。おまえとは良い友達になれそうだ。困った事があれば、なんでも俺に相談しろ」


「紋次郎君、ユリさんと友達になるのはいいけど、あまり仲良くしてると桃代姉さんがヤキモチを焼くから注意しないと・・・・頭にコブラを巻き付けられて、黄金のマスクみたいって喜ばれるよ」

「よしユリ、二度と俺に話しかけるな。困った事があれば、すべて桃代に相談しろ」


「桜子さん、紋次郎君って意外と面倒くさい人ですね」

「あはは、紋次郎君は単純バカだから、そのうち慣れますよ。それで? その梯子をどうするつもりなの?」


「ちょっと待て。いま、天井裏に登れるように場所を確保する。よし、これでいい。桜子、おまえが先にのぼってヘビが居ないか確認しろ」

「なんかガタガタするけど、シッカリ支えててよ。途中で倒れたらぱたくからね」


「おまえは、最近俺に対して雑だよな。酔って下着姿のまま外に出て、当主を呼び捨てにしてる動画を、梅さんに見てもらうか?」

「ヒ~ッ、お願いします紋次郎君ッ、その動画はわたしの黒歴史なんです。早く消去をしてください!」


「そう思うのなら、俺を雑に扱うな」

「はい、わかりました。でも、のぼってる時に上を見ないでください。今日はスカートなんです」


「わかってる。いいから、さっさとのぼれッ」

「は~い・・・わあぁ、中は意外としっかりしてる。これなら大丈夫そう。紋次郎君早く上がってきなよ」


桜子に呼ばれて梯子を登ると、俺は天井裏に入る。

屋根の傾斜の所為せいで、一階や二階に比べると狭い空間なのだが、あまり荷物が置かれてないおかげで広く感じる。

だが、ここだけ異様な空間だった、畳が二畳ほど敷かれて布団も置いてある。

まるで座敷牢のようだ。


俺は上から梯子を支えて、ユリがのぼってきた後で、この場所について聞いてみた。


「なあユリ、おまえはここに来た事があるか? この場所の存在を知っていたか? どう見ても座敷牢だけど」

「いえ、蔵の中は草刈り鎌や網針など、危険な物も置いてありますから【中に入るな】って、幼い頃に言われて、あまり入った事がないですから」


「ふ~ん、病気の人を隔離でもしたのかな? まあいいや、ユリと桜子はこの辺の物に触れるなよ。変な怨念でもこもっていると不味いからな」

「やめてよ紋次郎君、怖いじゃない。もしも不味い事になったら、紋次郎君と龍神君でなんとかしてよね」


「へっ? 龍神君って誰ですか?」

「あっ! ばッ、桜子おまえッ、らん事を喋るな! ユリも余計な事を知ろうとするな、桃代に怒られるぞ」


俺はキツい視線で桜子を睨む。

お調子者の桜子の事だ、何時いつかはやらかす気がしていた。

龍神の存在を、ユリに教えた方が都合が良いのも理解している。

これに関しては桃代に任せようと思う。


桜子を無視して奥に進むと、いくつかある荷物の中で、何も考えずに一つの荷物を選び掛てある布をはがすと、古びた木の箱を出て来た。

何も根拠は無いのだが、この古い木箱が妙に気になる。

蓋を開けて、何に使うのか知らないが、中のがらくたを畳の上に置いていく。


あらかた出し終わると、底の方に文箱ふばこを見つけた。


俺は文箱ふばこを取り出すと、中にある書き物に目を通していく。

昔の人が書き残した物なのだろう、古びた紙は今にも破れそうだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど、そうか、そういう事だったのかッ。


怪訝けげんな顔でふみを手にしている俺を見て、何が書いてあるのか、心配そうな顔でユリが聞いてくる。

しかし、俺は答えない。いや、答えられない。

なぜなら、昔の人が書いた毛筆の書き物は、ミミズがのたくってるようで全く読めないからだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る