第172話 鴨

俺の気遣いは全て無駄に終わった。

桃代はピラミッド山の洞穴ほらあなの前に行くと、桜子に見張り番をさせて、小さな声で呼びかける。

すると、龍神が薄っすら姿を現わした。


俺よりも、桃代の方が考えを巡らしていたようで、見張り番には桜子を、鬼門家おにかどけへの牽制には梅さんを、不測の事態に備えて龍神を待機させていた。


相も変わらず根回しの良い事で・・・まあ、単純に俺が考え無しなんだが、それでもピラミッド山の中に、俺より先に入らせる訳にはいかない。

これに関しては、俺が強く主張をしたので、桃代は渋々ながら折れてくれた。


見たところ、たいして大きくない洞穴ほらあなの中は当然暗い、ここから奥の様子はわからない。

龍神に見に行かせれば、確実なのかも知れない。

だが、コイツが中に入ると、途中でつっかえたり、中を破壊したり、出られなくなりにっちもさっちも行かなくなる、可能性がある。

まずは俺が行くしかない。


俺は、忠告通りユリが張ったと思われる、縄をまたいで超えると、洞穴ほらあなに足を踏み入れた。

腰をかがめて頭をぶつけないように、懐中電灯で上下左右を照らして、まわりの確認を怠らない。

上を照らし終わり下を照らし時に、地面に気になるモノを見つけた。


足跡だ。


ユリとその親父のモノでは無いようだ。どう見てもサイズが合わない。

もしかすると、近所のガキが、探検がてら入ったのかもしれない。

子供は危険に関して無頓着だからな。

そんな事を思っていると、その思いは、自分に対してのブーメランだと気が付いた。


念の為に、足跡をスマホに記憶させて先に進むと、すぐにひらけた場所に着いた。

これで腰を伸ばす事が出来る。腰をかがめたまま歩くのは、結構しんどい。


取りあえずまわりを照らして、この空間がなんなのか、よく見て考えるしかない。

見る限りでは、まるで石でつくられたかまくらだ。

豪雪地帯の雪でつくるかまくらは、水神様を祀る目的があるそうだ。

水不足が深刻だった雪の降らないこの島で、石のかまくらをつくったのかも知れない。


じゃあ、真ん中にあるかめはなんだ? 炬燵こたつの代わりか? この上で餅を焼いて食うのか? そんな訳ないよな。


財宝を探す為にユリがひっくり返したのだろう、中央にはかめと蓋、その上に乗せていた石が転がり、中の物が散乱している。

確かに骨らしき物が確認できる。

だが、どう見ても人間の骨ではない。

ねずみやうさぎ、そのたぐいの小動物の骨に見える。


長い髪の毛らしき物と、干からびた動物の皮らしきモノも見える。

皮には毛が残り、それが丸まってかたまりになっている、何にせよ気色が悪い。


骨の大きさから推測すると、龍神が言っていた、【かめの中に入り、恨みを残して自害した】人の可能性はないだろう。

そうすると、ここには誰が居たのだろう?


その辺に遺骨が転がってる訳でもない、最初から誰も居なかったのでは、そんな風にしか思えない。


では、誰が長い年月をかけて、このかめを恨みの呪物に変えたんだ?

それに、この長い髪の毛は、人の物としか思えない。

だが、見た限りでは確かな事はわからない。


俺は一旦戻る為に、後ろを振り向くと、心臓が飛び出しそうになった。

振り返った瞬間、かうしろに桃代が居て【わぁ~】と大きな声を出したからだ。


このヤロウ! ガキの頃からヤル事が変わってないッ。桃代でなければ、はり倒してやるところだ。

俺は気持ちを落ち着けて、桃代の手を引きながら外に連れて行くと、注意を与えた。


「なんのつもりだ桃代。危険だから、俺が出るまで入るなって言っただろうッ」

「だって、中で紋ちゃんが倒れてるかと思って、心配だったんだよ」


「あのな~毒薬じゃあるまし、そんな即効性のある呪いがあるはずないだろう。それよりも、どうだ龍神、俺に何か取りいてるか?」

「うんにゃ、何も取りいとらん。ここにはもう、何もおらんような感じじゃ。桃代さんが中に入っても大丈夫じゃろう」


「そうですか。じゃあ、わたしも見てきますね。じっくりと見たいから、紋ちゃんはここで待っててくれる」


桃代が中に入り姿が見えなくなると、龍神は声を落として真面目な口調で聞いてきた。


「どうじゃった紋次郎、中で妙な感じを受けなんだか?」

「大丈夫だ、妙な感じはしなかった。呼ばれた感じもしなかった。ただ、かめの中から出てきた骨は小動物の物だと思う。そうすると、誰があそこに居たかだな」


「不味いのう。それじゃったら【封印が解かれた時に逃げた】ちゅう事になるのう。逃げたヤツがまだこの島におれば、紋ちゃんは必ず呼ばれるで」

「なあ龍神、本当に何者か中に居たと思うか? おまえという非現実的なヤツが居る以上は、俺もその考えは否定しない。だけど、もしもこの島に居れば、昨日の内に呼ばれてないか?」


「それなんじゃ。これだけ強い恨みを残すヤツが、紋ちゃんみたいな鴨を、見逃す手はないんじゃが」

「おい龍神、俺が鴨ってどういう意味だ? 俺に恨みをぶつけて、さを晴らすっていう意味か?」


「そういう事じゃ! 自殺した人間は救いを求めて呼んだけど、今回の化け物は人間を恨んどる。恨みっちゅうのはソイツが生きとる間は消えん。じゃけぇ、呼ばれに応じると死ぬ事もあるで」

「怖い事を言うなよ、俺まだ死にたくないもん。てか、俺が呼ばれるのは、おまえが原因だって憶えてる?」


「えっと、紋ちゃん。その千年前の恨みは、もう消しません。ワシはこれでも反省してますよ」

「別に恨んでないぜ。ただ、おまえまで俺を鴨呼ばわり、ちょっとムカついてるだけだぜ」


「ま、まあ、そげな事で怒らんとって。じゃけど、これだけ強い恨みを残すヤツじゃ、昨日呼ばれんかったのは、逃げたあと力尽きて死んだか、呼ばれた事に気付いてないかじゃ」

「気付いてないなら良い事じゃん。体質が改善されたって事だろう。これからは【死神紋次郎】って、桜子に陰口を叩かれなくなるぜ」


「まあ、様子を見るしかないのう。今日一日呼ばれんかったら大丈夫じゃと思うけど。紋ちゃん、ホンマに気を付けんと、向こうから寄ってくる場合もあるからのう」

「わかってるって、あまりしつこく言うな。いいか龍神、俺の事はいいから、桃代や桜子、ユリにも気を配ってやれ。俺は自分の事は自分でなんとかする」


【寄って来る】という龍神の忠告を、この時の俺はかなり軽く受け止めていた。


だって、スチャラカポンの龍神の忠告なんだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る