第163話 上陸

いま、俺は龍神の背中にまたがり、気持ちのいい青空の中で、自分のバカさ加減を再認識している。

どうしてこれを、思い出さなかったのだろう。


俺は高所恐怖症だった。


今までも龍神の背中に乗った事はあるが、神社を建てる木の伐採の為に、山の斜面をすれすれだったので、恐怖を感じる事は無かった。

【雲に見えるように】と言われた時に、どうしてこれに気付かなかったのだろう。


大空を自由に飛べたら、気持ちが良いだろうな~・・・なんて、言うヤツがいるが、冗談じゃない、ひたすら怖いだけだ。


気になる異性の前で、遠くの空を見上げながら、生まれ変わったら鳥になりたいなぁ

・・・なんてつぶやく、自己陶酔したバカなヤツ、そんなヤツはペンギンかダチョウにでも生まれ変わってしまえッ!


現実逃避をする為に、何時いつものように意味のない事を考えて、落ちないように、下を見ないように俺は必死だ。

早く目的地に着いてくれないかなぁ。


その頃、俺の苦悩を知るはずもなく、桃代は余裕を持って仕事をしていた。


「どう桜子、今日中に何とかなりそう?」

「はい、大丈夫です。でも、一週間は言い過ぎではないですか? 紋次郎君、勘付いてないですかね?」


「う~ん、仕方がないよ。時間の猶予を与えないと、紋ちゃんは今日一日で解決しようとして、無茶をしちゃうから」

「あと、この時期は繁忙期ではないのに、それも気付いてないですかね? わたしはあらかた目処が付いたって言ったのに」


「そうねぇ~素直というか、おバカというか、とにかく単純よね。さぁ今日中に片付けて、明日は紋ちゃんを驚かせてやりましょう」

「そうですね。でも、妙なきモノの正体って何なんでしょうか? 悪い事が起こらなければいいのですが」


「ユリの父親が倒れたからには、もう悪い事は起こっているわよ。だから、早く行って正体を突き止めないと・・・紋ちゃんが心配・・・」

「急ぎましょう桃代姉さん」


桃代と桜子がそんな会話をしているなんて、俺は露ほども知らない。


龍神のつのをがっちり握って、落ちないように必死で耐えている・・・だが、そろそろしんどくなって来た。

しかし、手を離す訳にはいかない。

俺が背負っているのはリュックであって、パラシュートではないからだ。


「なあ龍神、あとどれくらいで着きそう? 俺の方は、すぐ近くまで限界が来てるぜ」

「空からの景色を、紋ちゃんに楽しんでもらおうと思うて、今は島の上空を旋回中じゃ」


「悪いな龍神、気を遣わせて。ありがた迷惑だから、さっさと降りろッ!」

「なんて、冗談じゃ。島の上空を旋回しとるんは本当じゃけど、変なモンがおらんか、確認しとるんじゃ」


「お願い龍神様。オイラは、もう手が痺れて落っこっちゃいそう」

「もう、しょうがないヤツじゃのう。急降下するけぇ、しっかり掴まっときんさい」


「いいか龍神、急降下すると俺は本当に落ちるぜ。それで死ぬと、桃代があまちゃんに報告して、サクッとおまえの頭も地面に落ちるぜ」

「よし紋ちゃん、ゆっくり降りるけぇ、あと少し頑張りんさい・・お願いじゃけぇ、桃代さんに告げ口せんとってな」


龍神は人の居ない海岸を見つけて、おとなしく下降する。

誰もいない浜辺に着陸すると、俺は手の痺れとケツの痛みから、やっと解放された。

ふらふらしながら砂浜まで歩き、倒れるように腰を下ろすと、一息つく。

スマホを出して確認すると、確かにユリが住んでいる島だった。


初めて足を踏み入れた、ユリの住む島。

一度も来た事は無いのだけれど、何処どこかで見たような景色が広がる・・・なんでだ?


まあいい、そのうち、何か思い出すだろう。

まずは、やるべき事を進めよう。

俺は龍神に姿を消して付いて来るように伝えると、ユリの家を目指して歩き始めた。


「なあ龍神、今からユリの家に行くけど、妙なモノがまたくと思う。そのあとは任せるから、昨日のように流してくれ」

「それはええけど。一度に全部を流そうとしたらダメで。妙なモノ、呪いじゃと思うけど、ユリの親父が倒れたちゅう事は、強力になっとるちゅう事じゃ。一度に全部移すと、紋ちゃんが倒れるけぇねぇ」


「そうな、じゃあ、スマホを通話状態にしておくから指示を出してくれ。俺はワイヤレスイヤホンで、常におまえの指示を聞いてるから」

「まあ、ワシに任せれば大丈夫じゃ。海の水もきれいじゃし、問題ないじゃろう」


「あのな龍神、海の水を吸い込む時は気を付けろ。クサフグがいるからな、千年前の二の舞になるぜ」

「・・・怖っ! そりゃあ絶対にダメじゃろう。ほいじゃあ、上から見た時にめ池を見つけたけぇ、そこでもええか」


「阿呆ッ、この時期の池の水はダメに決まってんだろう。アオコで緑色だし、昆虫や両生類もいっぱい居る。バケツですくうとカエルの卵まで入って、おまえが飲みたがったタピオカ入り抹茶ラテもどき、そのまんまだぞ」

「うっ、そがいに怒らんでも・・・でも、そげな生臭いタピオカ入り抹茶ラテはワシもイヤじゃ。紋ちゃん、甘いヤツで頼むでぇ」


いつの間にか、タピオカ入り抹茶ラテを奢る事が、決定事項になっている。

それは別に構わない、龍神に助けて貰っているのは事実だから。

ただ、催促をされると腹が立つ。


出歩いている人は見かけないが、他人に話を聞かれぬように小さな声で会話を続け、俺はスマホのナビを見ながら、一軒の家を通り過ぎる。

次の家までは、少し距離がある。

まわりを見渡すと、朽ち果てた廃墟と化した家も見受けられる。


遠くの方には古びたビルや、小さな集合住宅も見える。

ここは島の中心からは、少し外れた場所なのだろう。


都会のように車の走る音や、エアコンの室外機が近くにないので、静かだし涼しく感じる。

のどかと言えばのどかだし、不気味と言えば不気味だ、感じ方ひとつで如何どうとでもとれる。


しばらく歩き、ナビの示す場所に着くと、大きな屋敷の前だった。


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