第154話 バカたれ

ユリの事は桃代と桜子に任せて、俺は一旦母屋に戻る。

龍神の為に、お好み焼きを焼いて、ヤツに届けるためだ。

ユリが母屋に滞在する期間は、龍神をここに呼ぶ事は出来ない。


頂上への山歩きも、今はたいして苦にならない。

熊はもちろん、猪にすら一度も遭った事がなく、逃げる苦労をした事もない。


龍神に言わせれば、【ワシがおるから近寄らんのじゃ。】そんな自慢をされたうえに、感謝を強要された事がある。

それはそれでいいのだが、その反面、やたらとヘビを見かける。

龍神に言わせれば、【ワシがおるから集まるんじゃ。】そんな自慢をされたので、拾った棒でどついた事がある。


歩く振動と、ソースの匂いで、俺の存在に気付いたのだろう。

頂上の広場に着くと、すでに龍神が待っていた。


しかし、何時いつものふざけた表情ではなく、あきれた顔をして、何かを言う前に背中に乗せられると、滝の前まで連れて行かれた。


事情がいまいち把握出来ない俺に、龍神は滝から大量の水を口に含むと、頭の上からぶっかけ始めた。


「・・・・・どういうつもりだ、龍神! いつ俺が水遊びをしたいと言った!」

「あのな~紋次郎。どうしたら、そげな強い恨みを受けるんじゃ? このバカたれが。その恨みは百年単位で続くモノじゃけど、何処どこで何とうて来たんじゃ?・・・ほれ、ジッとしとけ、ワシが流してやるけぇ」


「・・・・・えっ? どういう事? 龍神おまえ、俺を恨んでるの? あっぶぶぶ」


まるでみそぎのように、俺は何度も水をぶっ掛けられて、くちびるが紫色になった辺りで、やっと龍神は許してくれた。


「今朝はなんともなかったのに・・・・紋ちゃん、今まで何処どこで何をしとったんな?

また山に呼ばれたんか? じゃけど、この辺りの山にはワシみたいなヤツはおらんし。何に遭遇したんか、ワシに話してみんさい」

「えっと、龍神さま? どうしたの? 何かまともな感じだけど、何処どこかで頭をぶつけたの? それとも暑さで脳が茹ったの? まさか! ついに壊れたのか?」


「なんじゃい紋次郎ッ、ワシが心配してやっとるのに、そげな言い方はないじゃろうッ」

「いいか龍神、おまえが姿を消して驚かしたり、大昔のホラ話で騙すからそう言われるんだろう。いつもいつも俺をおちょくりやがって、なんか腹が立って来たぜ」


「あっと、怒らんとってな紋ちゃん、今回はマジなんよ。それだけ強い恨みじゃと、他の悪いモノまで呼び込む。そしたら紋ちゃんは衰弱死、ミイラみたいになって死ぬで」

「怖い事を言うなよ。ミイラになったら喜ぶヤツが一人いるけど・・・あれ、今日の俺は何処どこで何をしてたんだろう?」


「なんじゃい紋次郎、また頭がポンコツになったんか? 自分の行動が思い出せんのか?」

「そうじゃねえ、ほら、前も気付いたら山の中で不法投棄の片付けをしてただろう。無意識に行動してないかと思って。あと、また頭がポンコツってなんだ?」


「あ~~あのマネキンの時じゃな。よう思い出してみんさい。初めて行った場所はないか? 初めてうた人はおらんか? このバカ紋次郎がッ」

「あのな龍神、確かに俺はバカだけど、いつも【間違えた】って言いながら、俺のめしを食う、おまえに言われたくないぜ・・・・・でも、初めて会った人は居るな」


「誰じゃいそいつは? 生きとる人間か? いや、人間ではないはずじゃ。何か邪悪な者のはずじゃ」

「邪悪って、昔のおまえみたいなヤツか? 会ったのは桃代の知り合いだし、真貝の親戚筋だから人間だろう。龍神、おまえには、真貝の俺が歩くマネキン人形に見えるのか?」


「紋次郎、ふざけとる場合か? その人が知り合いなら桃代さんにも、妙なモノが移っとる可能性があるのに、早うここに呼ばんかいッ!」


龍神の深刻な口調に、俺はリュックの中からスマホを取り出すと、桜子とユリを連れて、ここに来るよう桃代に伝える。

防水加工のスマホに、機種変していて良かったぜ。


龍神は姿を消して、自分の存在をユリに知られないようにしている。

しばらくすると、二人を連れて桃代がここにやって来た。


「どうしたの、ずぶ濡れだし、こんな所に呼び出して。わたしの水着姿が見たくて、我慢が出来ないの?」

「そうじゃない。外で変な事を喋るな。てかおまえ、スーツの下に水着を着てないだろうな。いいからこっちに来い。ちょっと内緒話だ」


景色に感激しているユリを桜子に任せて、桃代を滝口まで連れて行くと、姿を見えないようにした龍神を交え、俺は話を始めた。


「どうだ龍神、桃代にも妙なモノが移っているか? 本人も妙なヤツだけど」

「いや、桃代さんとさくらちゃんは大丈夫じゃ。じゃが、あの女はうないのう。あの子がれて来たんじゃ。それが紋次郎に移りいたんじゃ。紋ちゃん・・・あんたはホンマに、妙なモノに好かれるのう」


「龍神様、どういう事なんですか? わたし以外に、何か紋ちゃんにりつていたのですか?」

「う、うん、まあ、そうなんじゃが。桃代さんは紋ちゃんにりついとるんか?」


「いいから、横道にれるな龍神。桃代と桜子は大丈夫なんだな。ユリはどうだ?

まだ妙なモノがいてるか」

「あのな紋次郎。あの子にいとった残りの全部が、いま紋ちゃんの方に移動して来たけど、どうしたら、そげな器用な真似が出来るんな?」


「ヘッ? なんで? また俺に?」

「紋ちゃん・・・・ワシはあんたが気の毒になってきた。よう今まで生きとったね。後でまた流してあげるけぇ、ちょっと待ちんさい。桃代さん、早う原因を究明せんと紋ちゃんが衰弱死するで」


俺にしてみれば、突然の死亡予告だった。

どうしてこうなった?


桃代は深刻な顔をして、龍神と話を続けると、何か考え込んでいる。

このあと、桃代たちは先に帰り、俺はまた大量の水をぶっ掛けられて、姿を消した龍神と一緒に母屋へ戻る。


俺を守っているのだろう、龍神は俺のそばから離れない。

いつもふざける龍神に対し、ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちが入り混じる。


居間の窓から顔を出し、俺を見守る龍神に、お詫びのしるしとして、リュックの中のお好み焼きを差し出すが、水をかぶった所為せいでぐちゃぐちゃだった。


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