紋次郎、離島編

第152話 平穏

あれから、一年の時が過ぎた。

一年前に神社が完成すると、俺は桃香の面を新しい御神体とした。

誰がれても危険な事は起こらない、他の人が見れば怖ろしい形相だった面が、しあわせそうな表情に変わった木彫りの面。


それなのに、あざみざいえんも決してさわろうとしない。

桜子の婆さんだけは、【辛い思いをさせて、すみません】そう謝ると、面のしあわせそうな表情に満足していた。


ちなみに桜子の婆さんは、梅さんと言うらしい。

その梅さんは、いま母屋の隣にある二階建てのばなれに、桜子と一緒に住んでいる。

母屋の隣を更地にしたのは、はなれを建てる為で、一階を桃代の仕事場にすると、二階を桜子と梅さんの住居としたのだ。


もともとあった桜子の実家は、流行はやりの古民家カフェとして貸し出しているらしい。


離れの二階部分に、俺は入った事がない。興味もない。

一階部分だけは完成した時に、桃代が案内をしてくれた。

桃代の為の議長室と、グループ会社の社長や重役を集めておこなう、大きな会議室がある。

桃代は普段、この議長室に居て、リモートで仕事をしている。


この離れの建築中に、見知った人を見つけた。

以前バイトをさせてもらった大工の棟梁だ。

この時に初めて気難しい棟梁が、俺に親切だった理由と、【またな】っと言った言葉の意味を理解した。


では今現在、俺は何をしているかと言うと・・・・・プゥだッ。魔神ブゥではない、ただの暇人ひまじん非魔ひまじん)プゥだ。


真貝の会社に入れば? 桃代に一度そう誘われた事がある。

しかし、俺は断った。

俺はバカだけど、身内というだけで、苦労をしている現場を飛び越えて、役員になるほどバカではない。


もっとも、俺には、やらねばならない大切な事がある。

あまちゃんに託された、龍神をなんとかする事だ。


【神として頼れる存在になるまで、お主が面倒をみてやれ!】あまちゃんに、そんな感じでめいを受け、俺なりに考えてはみたが、どうしていいのかわからない。


桃代に相談をしてみたが【徳を積むしかない】そんな事を言われて再度考えてみた。

大蛇おろちから龍神に成るまで約千年、千年も掛からないとは思うが、俺が死ぬまでに何とかしないと、次の世代に任せる事は出来ない。

それをすれば、またどこかの世代で悲劇が起こる可能性がある。


俺の亡き後で、いいように人に使われる、そんな存在にさせてもいけない。

俺が死ぬまでに、コイツをなんとかするしかない。


それなのに、今日もアイツのつのかれ、シャツが破けるは、血が出て桃代に怒られるは、ろくな事が起きてない。

アイツッ! 俺の気持ちも知らないで、どついてやりたいところだが、どつくと俺の手の方が痛いのでやらない。


結局、今の俺は、龍神の面倒を見るのに忙しい。


今日も、風呂上がりに桃代に傷の手当てをしてもらい、一日が終わる。

桃代とは一年前に入籍済みだ。


桃代が大学を卒業した後で神社が完成すると、あの婚姻届を提出させられて、晴れて一組の男女となった。

新婚旅行のエジプトには、まだ行ってない。

桃代の仕事が忙しいので、先延ばしになっているが、出来れば行きたくない。

行けば、桃代の狂気が加速する。そんな気がするから行きたくない。


ちなみに婚姻届を提出した時に、役場のおばちゃんの太田さんは随分と喜んでくれていた。

しかし、一抹の不安が俺にはあった。

多少は書き換えられているが、あの結婚誓約書が意味を持ち始めたからだ。


もちろん誓約書に書いてある、殺人要求が通る訳はない。

それでも桃代の事だ、代わりの何かを要求してくるだろう。

そうならないように、俺は何時いつも気を遣い、軽率な行動を取らないように自重している。


そんな平穏な日々が続いていたのだが、桃代の大学時代の知り合いから連絡が来た事で、またしても面倒事に巻き込まれるとは、その時の俺は気付かなかった。


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