第150話 それから

あの日から十日のうちに支払いを済ませると、松慕まつぼは工場をたたみ、市内にあるやぶたけの事務所は看板を下ろしたそうだ。

それからしばらく経つと、一部の奴らは逃げるように、この町から姿を消した。


娘婿を跡継ぎにして、寺を存続させる事にした草生そうせいのところは、針のむしろと噂されている。

今まで冷遇されていた娘婿が実権を握り、ババアとその娘で自分の妻を修行と称してコキ使っているらしい。


ただし、その婿さんは、檀家からの評判は良いみたいだ。

俺もあれから商店街で声を掛けられて、気さくに挨拶をされると、かお礼を言われた。


他の三家は今まで通り、親戚付き合いをしているようだが、俺は基本ノータッチだ。

神社がなくなり、龍神も居なくなり、管理の為の掃除や、お供え物をする必要が無くなり、年に一度の収穫祭もなくなった。


桃代に言わせれば、事前の連絡や打ち合わせをするわずらわしさが無くなり、具合が良いとの事だった。


夏が終わると、桃代は大学に通い忙しくなると思われた。

しかし、必要な単位は全て取得済みで卒論の提出も終わり、就職活動は必要ないとの事で、暇さえあれば俺に付いて来る。

俺は知らないでいたが、桃代は真貝が経営する不動産管理会社や賃貸会社、建設会社などのトップだそうで、そもそも就職の必要が無いのだそうだ・・・・なんだそれ?


ちなみに桜子は、来年の春から、卒業した桃代の正式な秘書になるらしい。

なんでも屋に居た頃とは段違いの給与になるらしく、俺に自慢をしていたが、俺に自慢する意味がわからない。


あまちゃんは、あれから姿を見ていない。

俺がいない時間に、母屋に桃代を訪ねているのかもしれない。

会えば、らん事を俺がつぶやき、シバかれるのが目に見えているので、会いたいとは思わない。


俺に関しては、朝から晩まで、神社の再建に精を出していた。

山から木を伐り出すと、山頂の広場の芝生のない場所に放置して乾燥させる。

もちろん、俺一人では出来ない。


あの日、顛末を説明する為に、山頂に集まったみんなの前に姿を現わして、別れを告げたあと、空に消えた龍神。

その日の夜に、居間で桃代と二人でくつろいで居ると、【ご飯はまだかいのう】そう言いながら突然窓から顔を出して、俺を驚かせた。


その龍神と俺の、とぼけたコンビで山に入り、神社作りの為の木材を調達している。


「よし龍神、もうこの辺で充分だろう。これを何時いつもの場所に運んだら材木の調達は終わりにしよう。よく頑張ってくれた」

「もうええの? 紋ちゃんは絶対に失敗するけぇ、余分に用意した方がようないか?」


「大丈夫だろう、桃代の指示通りにやれば。所詮、俺は桃代の手足みたいなモノだからな」

「紋次郎・・・情けなさに磨きがかかって光り輝いとるけど、もうちょっと、しっかりせんかい。しょぼくれとると、訳の分からんモンに連れて行かれるで」


「決めつけるな、おまえの鱗に光が反射して、そう見えただけだ。それにしょぼくれてもない。見ろ、今日だって山の中で季節外れの松茸を見つけたぜ」

「あのな~紋ちゃん、それはテングタケ、毒キノコじゃ。匂いでわかるじゃろうが。そげな物を持って帰ったら、桃代さんにまた怒られるで」


「うそ? そうなの、教えてくれてありがとう。あと、またって言うな。俺が何時いつも怒られてるみたいだろう」

「ええか紋次郎、あんたのドジの所為せいで、ワシまで一緒に怒られるんで。この前は、紋ちゃんが選んだ木に、五寸釘で藁人形が打ち付けられとって、運んだワシが怒られたんで。その前は、不法投棄されたマネキンの中から本物を見つけて、えらい騒ぎになったじゃろう」


「うっ、思い出させるな。あの日は、桃代と桜子から死ぬほど怒られた。ざいえんが来るまで犯人扱いだった」

「まあ、仕方がないんじゃけど、気をつけんさい。さて、落ちんように、ちゃんとつのを掴んどけよ。早う帰って、ご飯にしよう。今日のさくらちゃんは、何を作ってくれたかのう」


桜子は来年の春までは見習いとして、すでに桃代の秘書をしている。

その為に、桜子は母屋に毎日やって来て、桃代の手伝いが終ると食事の用意をしてくれる。

ここのところ、俺は料理をしてない。させてもらえない。

あ~あ、カップラーメンとゆで卵が懐かしい。


運んだ木を置くと、俺は桃香の塚に声を掛ける。

俺の蒔いた種なのか、桃香の塚のまわりにはパンジーがたくさん咲いている。

パンジーの花言葉は花の色で違いがあるらしく、色別の花言葉を教えられるが、興味のない俺は聞き流して、酷く桃代に怒られた。


そのあとは、歩いて母屋へ帰る。

必要が無い限り、龍神の背中に乗るつもりはない。

楽を優先すれば、俺は堕落したダメな大人になるだろう。


母屋に着くと、俺はデッキブラシを手に持って、庭で龍神の水洗いをする。

食事をする為に、龍神が母屋の中に入ってくるからだ。

最初の頃は、居間の窓から顔だけ入れて食事を共にしていたが、蚊も一緒に入るので、苦肉の策でこうなった。


初めは嫌がる素振りを見せた龍神だが、意外と気持ちが良いようで、今はされるがままになっている。

俺は大きなワニの飼育員の気分だ。


そんな感じで毎日を過ごしていると、冬になる前に、大蛇おろちの頃の習性なのか、【ワシは春まで冬眠するけぇ】そう言って食い溜めをすると、龍神は自分の棲み処に戻って行った。

あのヤロウ、用意された俺のメシまで食って行きやがって!


冬の間は、桃代が紹介してくれた大工の棟梁の元で、俺は一人でバイトをしている。

神社を建てる為の経験を積む為だ。

人手不足なのか、後継者不足なのか、気難しい棟梁なのに丁寧に教えてくれる。

後でわかった事なのだが、次の仕事を、桃代が斡旋していたそうだ。


何をしているのか知らないが、桃代は桜子を連れて、忙しそうにあちらこちらに行くので、すれ違いの時間が増えてきた。

少し寂しい気持ちもあるが、自由な時間も増えて、俺は楽な気分を満喫している。


年が明けると、母屋の隣に工事が入り、木や藪を切り拓いて広い更地が出来ていた。

なんの為に? 桃代に質問をしてみたが【内緒】っと、笑って秘密にされた。

ただ、後ろの方で桜子がニヤニヤしてたので、きっと俺には良くない事なのだろう。


春になり、俺のバイトは終了した。建築中の家が完成したからだ。

世話になった棟梁にお礼を言うと、【またな】っと複雑な顔で見送ってくれた。


経験を積んだ俺は、一人で神社の土台作りをしている。

柱を立てる深い穴を掘ると、穴の底に小石を敷き詰めて、柱が沈まないように基礎作りをしている。


龍神のヤロウ、何時いつまで寝ていやがる、早く起きて手伝えッ、もう啓蟄けいちつだぞ。

バカな俺は、虫と龍神を一緒くたにしていた。


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