第148話 パクッ

俺は立ち上がると、急いで桃代の前に陣取った。

錯乱した三家の連中が、桃代に襲い掛かる可能性があるからだ。

この人数に襲われると、簡単に俺は袋叩きになるだろう。

別にそれでもかまわない。その間に、桃代が逃げてくれたらそれでいい。


「では、次に移ります。事の顛末については薊家あざみけ秋野家あきのけざい園家えんけの三家のみにお話しします。それから神社は再建します。しかし、今までのように管理をする必要はありません。桜子、三家の皆さんを母屋にお通ししておいて、わたしと紋次郎は桃香様の塚にお参りをしてから戻るから」

「はひぃ、桃代姉さんの仰せのままに! ほら、ばあちゃん早く立って。早く帰ってお茶の支度をしないと」


「桜子、慌てなくていいからね。くだり坂で転ぶと、紋次郎のようになるわよ」


俺は振り向くと、他の奴らに聞こえないように、小さな声で桃代に話しかけた。


「ももよさん、人前でオイラをオチに使うのは、やめてくれません。オイラはまだ当主ですぜ」

「あ、そうね、ごめんなさい。あとで、いっぱい甘えさせてあげるから許してね」


「だからね、その子供扱いも、やめてって言ってるはずですよ。そこのところ理解してますか?」

「もうッ、どうして欲しいの。人目があるのに、何時いつものようにぱふぱふして欲しいの?」


「ドラクエかッ、下品な事を言うな。そんなのは一度もさせてない! いいからその借用書を俺に寄越せ。奪い取る為に、奴らが襲い掛かろうとしている」

「いいの、それを待ってるの。逆恨みなんて考えられないくらい、あの人達に恐怖を味わわせてやるわ」


「モモちゃん、【過激な事はしないでね】って、さっき言ったじゃない。いいか桃代、俺の後ろに隠れて前に出るな」


追い詰められた人間は常識をすり抜け、平気で理不尽な真似をする。

松慕まつぼの息子は血走った目をして、俺に敵意を向けているが、何故なぜ門違かどちがいだと気付かないのだろう。

冷静になれば、【あの時はなんで、あんな事をしたのだろう。】そう思う犯罪者はたくさん居るはずだ。


もしも誰か一人でも、ここで不満を吐き出せば、それが引き金になり、まわりの奴らも次々に不満を口にするだろう。

同調者が出た事で、その一人は強気になり、内容がエスカレートするだろう。

当然、まわりの奴らもそれに追随する。

それが繰り返されると、更に過激になり、恐喝きょうかつおどしのたぐいも平然と口にする。

最後は自分が正しいと思い込み、間違った正義感で暴走する。

結果、悲劇が起こる事もある。


奴らは、いまその状態の一歩手前だ。


さてさてどうしよう? 確か栗男くりおだったっけ? 【松慕まつぼ栗男くりお】・・・俺と一緒で、その名をいじられたであろうこの男に、【冷静になれマツボックリ】と言ったところで、逆に怒りが燃え上がるだろう。マツボックリはよく燃えるからな。


まあ、なるようにしかならない。

桃代を殺害しようとしたのだから、俺と桃代は奴らと和解する気が毛頭ない。


【相手にされない、許してもらえない】その事がわかると、警察署長のざいえんが居るのを忘れて、ついに奴らは恫喝どうかつを始めた。


桃代は手を前に出してざいえんに制止の合図を送ると、奴らに言いたい事を言わせている。


そのうち、自分の暴言が怒りの燃料になり、興奮すると暴力にモノを言わす。

こんな奴らのパターンは、大体そんなモノだ。

やはりと言うか、あ~あっと言うか、こぶしを強く握ると松慕まつぼの息子が近寄ってきた。


力強く地面を踏みながら近寄って来るが、俺と桃代の前で跳ね返されて後ろに転んだ。

それはそうだ。

分からないと思うが、俺と桃代の前には、まわりの景色に擬態して龍神が寝そべっているのだから。


「キ、キサマ! 手を出したな! 見ましたかざいえんさん、この野郎に暴力を受けましたッ。このデブとガキを逮捕してください!」

「無理ですよ松慕まつぼさん。あなたが勝手に転んだだけでしょう。わたしはちゃんと見てましたよ」


「でも、凄い衝撃がありました。このガキが何かしたんですよ! ほら、見てくださいッ、血が出てます」

「血? 真貝さん、何かされました? わたしには勝手に転んだようにしか見えなかったんですが?」


「俺は何もしてないですよ。でも、衝撃はあったと思います。ほれ、いい加減姿を現わせ。おまえの所為せいで、俺が冤罪で逮捕されちゃうぜ」

「ほ~っ、おもしろい。紋次郎に仇なす奴は、敵も同然、ワシが喰い殺してやろう。誰からじゃ? そこに倒れとるおまえか?」


いきなり姿を現わす龍神。

そのまま浮きがりうえから見下ろすと、人が丸呑み出来るほどデカい口を開いて喋る。

しかも、何時いつものふざけた口調ではない。

こんな状態になれば、誰だって怖いに決まってる。


分家の連中は桜子以外、大きく目を見開いて微動だにしない。

いや、微動はしてるな・・・・・単純に怖くて震えているだけだが。

まあ、当たり前だよな。俺もコイツに再会した時は、心臓が飛び出そうになったからな。


「よいかキサマたち。ここにおる紋次郎は、桃香と共にワシを封じ込めた千年前の紋次郎の生まれ変わり。ワシを邪悪な化け物から、神にのぼらせてくれた恩人じゃ。その恩人を傷付ける者は地獄行き。地獄行き一番は誰じゃ? そこの強欲なババア共か?」


絶縁された三家のババア達は、突然の指名に反射的に動けたのだろう。

身体からだをまるめて手と額を地面につけると、必死に謝罪を始めた。


おそらく、桃代と龍神は事前に申し合わせていたはずだ。

悪趣味な奴ら。

これで、俺と桃代や本家に対しては、危害を加えようと思わないだろう。

そんな事をすれば、パクッとされる恐怖を現実に感じたのだから。


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