第147話 桃代無双

あざみの奥さんと桜子の婆さんは別のようだが、他の奴らは顛末を聞きたい訳ではなく、【自分の欲望を満たしたい】だけ、なんだと理解した。

桃代さん、あなたの想定通りです。


こんな奴らに説明するのは無駄なので、早くここから消えてもらいたい。

俺のリュックから荷物を取り出すと、桃代は立ち上がり、平坦な声で話を始めた。


「それでは紋次郎に代わり、わたくしが慰労金の算出方法を説明します。この中で一番長く務めたであろう秋野さんで三十年。ですので、あなた達も三十年で計算してあげます」

「何か恩着せがましい言い方ですわね。そういうところが本家に不満を持たれる理由だと理解しなさいッ」


「よろしいですか松慕まつぼさん。本家はあなた方、分家の人間と雇用契約を結んでいる訳ではありません。ですから、慰労金を支払う義務など何処どこにも存在いたしません。それを払ってあげるのです。口の利き方に注意しなさい」

「ぐッ、こ、この小娘が・・・やぶたけさん草生そうせいさん、頂くものを頂いて早くここから帰りましょう。気分が悪いです」


「まったくです。可愛げのない娘だこと、それでは嫁の貰い手など一生あらわれないでしょうね」

やぶたけさん、そこまで言っては失礼ですよ。嫌な女ですが胸だけは大きいですからね、きっとバカな男が簡単に引っ掛りますよ」


松慕まつぼやぶたけ草生そうせいの一族たちは、俺と桃代を見ながら下卑た笑みを浮かべている。

どついてやりたいところだが【怒らないように、何を言われても無視するように】俺は桃代に注意をされていた。


だから、前歯が抜けたヤンキーみたいな目をして頭を左右に振るな、桜子。


「では、可愛げのない嫌な小娘の話など、長々と聞きたくないでしょうから、簡潔に話します。ここに分家一軒に対し三千万円の小切手を用意してあります。これを受け取って全てを清算してください。無論、受け取り次第あなた方とは縁を切ります」

「ま、まぁ、少ないですがそれで勘弁してあげます。大蛇おろちは居なくなり、本家は没落するだけですからね」


松慕まつぼさん、そんな当たり前の事を、わざわざ教えてあげなくてもいいのに」

やぶたけさん、それが松慕まつぼさん優しさですよ。さぁ、頂くモノを頂いてさっさと帰りましょう」


三人のババア共は、猿が芋を奪うように、桃代から小切手を受け取ると、家族で集まって騒ぎ始めた。

臨時収入を喜んでいるのだろう・・・バカな奴らだ。

残りの一枚を渡そうとするが、ざいえんの奥さんは、ここに来て受け取りを渋り始めた。


「あのぅ桃代様、わたくしは辞退させてください。まさか、こんなに大きな金額とは思わなくて、これに見合うだけの働きをしてないですから・・・すみませんッ、旅行でパッと使って終わりの金額だと思っていたものでッ。ほんとッ、すみません!」

「そうですか・・・わかりました。では、これからも宜しくお願い致します」


さすがは警察官の嫁さん、ざいえんの奥さんは危機管理能力にけてる。

俺でも分かる、労力に合わない安い報酬はよくあるが、対価に合わない大きな報酬には裏がある。

それを理解してないヤツは、世間知らずでは済まない、ただの阿呆あほうだ。


「はい、受け渡しは終了致しました。では先程申した通り、全ての清算を始めます。まずは松慕まつぼさん、お宅に貸し付けた五百万円の借用書が十枚、ここにあります。返済期限は過ぎておりますので、十日以内にお振込みください。期日を過ぎた場合はしかるべき手順を取り、裁判所より差押え命令が下されます」

「ハァ? えっ! ち、ちょっと待ちなさいッ。なんですか、それはッ。さては偽物の借用書で私達を騙すつもりですね!」


「証文を見て頂ければわかります。借主は死んだ松慕まつぼさんですが、あなたと息子さんが連帯保証人になっておりますので、返済の義務があります」

「ち、ちょっとッ、どういう事なの栗男くりお。貴方、家探しをした時に焼却したって言ったじゃない!」


「いや! ちゃんと焼却したって母さん。このデブがニセモン、マガイモンを作り、俺達を罠にめようとしてるだけだ!」

「まったく、本物とカラーコピーの区別もつかないなんて、どうしようもない間抜けな息子ね」


桃代は借用書の一部を見せる。

奴らはそれらをよく見た後で、本物と認めて呆然としている。

俺はひたすらイライラしている。

桃代をデブとののしり、ニセモン、マガイモンの単語が出てきたからだ。


「え~ッ、次にやぶたけさん。お宅にも同額の借用書が八枚あります。すみやかにお支払いください。それから、真貝の関連企業が結んでいる、顧問弁護士契約は全て打ち切りになります」

「ち、ちょっと待ってくださいッ。それとこれとは話が別です。そんな事をされては、ウチの事務所は潰れてしまいます!」


「知りません。最後に草生そうせいさん、そちらにも同じ借用書が十枚あります。同じ条件でお支払いください。それと、そちらにある真貝の墓所は墓じまいをしますので、通知しておきます」

「なッ! なんと罰当たりな事をッ。許しません、あなたはなんの権利があって先祖を粗末に扱うつもりですか」


「あなたに許してもらう必要はありません。先祖と言うのであれば、桃香様や紋次郎を粗末に扱ったあなたに、それを言う権利はありません」

「あっ、あの、桃代様お待ちください。私の所は主人と息子が亡くなり大変なんです。このような金額、返せる当てがありません」


「待ちません。縁を切った以上は、そちらに配慮する理由が当家にはありません」


松慕まつぼの次はやぶたけ、最後に草生そうせい

次々に清算を始めて、それが終ると、ババア共は青ざめた顔をして頭を下げて許しを請うが、桃代は一切取り合わない。


だから言ったのに、俺が尻に敷かれて甘んじている理由、桃代は怒ると静かに怖い。

俺は、それを幼い頃から知っている。

奴らは、それを知らなかったのだろう。


確認の為に桜子を見ると、ヤンキーの態度は何処どこに行ったのか、雨に濡れて震えている迷子の子犬のようになっていた。


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