第146話 金

頂上に着くと、この十数日間を知らない分家の連中は、あまりの変わりように声を上げている。

それはそうだろう、殺風景だった景色が、きれいな緑に覆われているのだから。


だが一通り眺めた後で、ある事に気付くと、ここに来た事がある連中が騒ぎ始めた。


俺は静かにするように命令した後で、その場に座るように全員に指示を出した。

全員腰を下ろしたところで、最後に俺もその場で胡坐あぐらをかく。

俺の後ろでは、芝生の上にハンカチを敷いて、その上に桃代は腰を下ろしていた。

唾を吐く下品な女とは大違いだ。


まずは、順を追って説明しようとするが、その前にざいえんが手を上げて、疑問を俺に投げかけてきた。


「すみません真貝様。顛末の説明をする前に、この場の変わりようを説明してもらえないでしょうか。特に神社が無くなっている件について」

「まあ、俺の説明を聞けばわかる事なんだが。でもあれだ、御神体をおくる為に俺が燃やした」


「も、燃やしたって、千年前の建物ですよ、歴史的な価値もあるのに。それに御神体様だって・・・いくら当主様でもやり過ぎではないですか?」

「いいか、あの神社の正式な名称はももか、もんじろう神社だ。桃香と俺が決断した以上は、誰にも文句を言わせない」


「ハァ? 桃香様は御神体様ですよね。御神体様から了承を得たとでも言うのですか? それに、紋次郎さんは名前が同じなだけで、神社名のもんじろう様とは別人ですよね?」

「そうだな、だから顛末を説明するんだろう。まずは話を聞いて、そのうえで質問をしてくれ」


「し、しかしですね、長年にわたり我々分家の人間が、神社の維持管理をしてきた訳ですよ。それは勝手が過ぎるというもの。納得の説明をして頂けるのですね」

「おまえ達に納得して貰うつもりはない。それと、何時いつまでも酷な事を桃香に続けさせるつもりもない。文句があるヤツは、自分が桃香の代わりになる覚悟を持って意見を言え」


「んんっ、確かに、御神体様にしてみれば酷な事ですな。いや、そう言われて初めて気が付きました。真貝様どうぞ続けて下さい」

「悪いなざいえんさん。今回こうなったのは誰の何が悪い、そういう事ではない。ただ千年、桃香に甘え続けた事が原因だ。大蛇おろちが龍神に成り、甘えの清算をする時が来ただけだ。ただし松慕まつぼやぶたけ、あと草生そうせい、コイツ等は別問題、ただの犯罪者だ。同情する余地はない」


「黙って聞いていれば勝手過ぎます! いったい貴方は何様のつもりなんですか!」

「誰が発言権を与えた。絶縁されたおまえに意見を言う資格はないッ。黙っていろ松慕まつぼババア」


「まッ、ババアってなんですかッ、目上の人間に対して失礼極まりないです。絶縁?結構ですわ。しかし、神社の管理をしてきたのは我々分家の女性陣。絶縁するからには今までの慰労金を払って頂きます」

「おまえ、松慕まつぼが死んだ時は【助けてくれ】って、俺に泣き付いたくせに、安全になった途端、手の平を返しやがって、みっともないババアだな」


「貴方に言われたくありません。何もしてないくせに、本家の財産を労せず手に入れた貴方にだけはッ!」

「私も松慕まつぼさんと同意見です。確かに亭主のやぶたけは、悪事を働いたのかもしれません。しかし、それと私達がしてきた御神体様への、献身的なお世話は関係ありません」


「献身的な世話ね・・・俺が掴んでいる情報とは大分だいぶ違うけど。あんた、自分の言ってる事に酔ってんだろう」

「失敬なッ、こんなバカな当主では、本家はもう終わりですわね」


「そうです、松慕まつぼさんとやぶたけさんの言う通りです。そもそも当主になりたての貴方に、何の権利があって神社を燃やす事が出来るのですか、名前が同じという事だけで、そんな権利は何処どこにもありません。それよりも亡くなった亭主と息子を返して下さい!」

「返して欲しければ、おまえが直接黄泉の国に迎えに行くんだな。そこに行くまでの道案内はしてやるぜ」


「私達を馬鹿にするにも程があります。やぶたけさん草生そうせいさん、この当主は狂ってます。私達は当然の権利を主張しているだけなのに、狂っているから義務を果たす気が無いようです」

「なるほどな、今日おまえ達が来た理由は、それが目的なんだろう。いいぜ、慰労金を払ってやる。残りの三家はどうだ? 本家に遠慮する事無く、思っている事を言ってくれ。まずはざいえんさん、あんたの奥さんからだ」


「えっ、私ですか? いえ私は慰労金の事など、露ほども考えておりませんでした。でも貰えるものは貰っておきたいですわ。ざいえんの定年後に旅行に行く予定を立てているもので」

「仲がよろしくて結構。じゃあ次はあざみさん、あんたの奥さんだ」


「あっ、いえ、我が家は必要ありません。そもそもこの十数年、収穫祭の時以外は、秋野さんだけしか世話をしておりませんでした。それなのに慰労金など、筋が通りません」

「さすがです。不愛想な店主が店番をしているのに、店が潰れない理由がわかりました。最後は秋野さん、桜子ではなく婆さんの方で」


「なんで、なんで、わたしじゃないのよ、もんじろ・う・・く・・・当主様」

「桜子、おまえに聞きたい事は何もない。おまえは分家の中で唯一真実を知る人間だ。それをふまえて、これからどうするかは自分で決めろ。では、秋野さんどうぞ」


「紋次郎様、それに桃代様。秋野家は当然請求を致しません。ただこれからも、桜子をよろしくお願いします」

「わかりました。安心してください秋野さん、桜子は本家が全力で支えます。では、慰労金ですが、前当主の桃代さんから話があるそうです」


これまでの流れは、桃代のシミュレーション通り。

今までも充分な見返りを受けていたくせに、大蛇おろちが消えて神社が無くなり、今後は見返りを期待できない。なので、最後とばかりに大金を要求する。

そう桃代に教えられて、その通りに事が進んでいる。


【そうなればわたしの出番】そう言って、笑った時の桃代の目は冷たくて怖かった。


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