第144話 質問

翌日、早く目を覚ました俺は、着替えをすると一人で桃香の塚に行く。

約千年、俺を思い、待ち続けてくれたのだから、出来れば一日一度は会いに行こうと思う。

所詮は自己満足でしかないが、桃香にしてやれる俺の償いなのかもしれない。

何せパクッとされてから、桃香には悲しい思いをさせ続けたからな。


来たところで何かする訳ではない。

ただ水を汲んだバケツを持って来て、緑に水を撒くだけだ。


それが終ると母屋へ戻る。

中に入ると、両腕を組んで不機嫌な顔をした桃代が、俺の帰りを待っていた。


何処どこに行ってたのッ。どうして何も言わずに出かけるの。報連相ほうれんそうはどうしたのッ」

「あ~~っ、そうだな。ごめん、ポパイが食べちゃった。次からは何処どこに行くか、ちゃんと伝えてから行く。それから、おはよう桃代さん。今日もいい天気ですぜ」


「もう、すぐ誤魔化すんだから。まぁいいわ、食事の後で話しておきたい事があるから、早く手を洗ってきなさい」


何時いつも通りの食事が終ると、桜子は片付けを済ませ【ばあちゃんを連れて午後からまた来ます】そう言い残して自宅に帰った。


俺と桃代が居間で二人きりになると、桃代はびっしりと何か書いてあるレポート用紙を、束で俺に差し出した。


「ももよさん、これは?」

「いい紋ちゃん、これに目を通して、午後までに全て記憶しなさい。分家の連中、松慕まつぼやぶたけ、それと草生そうせい、少なくともこの三家の配偶者は、最後の悪足掻わるあがきをするはずだから」


「? その三家って、俺が絶縁した奴らだろう。顛末の説明を聞く権利はあっても、意見を言う権利はないと思うんだけど」

「いい紋ちゃん。紋ちゃんは当主になって、まだ日が浅い。あの人達は何十年も神社の管理をしてきた。長いと言うだけで立場が上だと勘違いをして、絶縁の無効をはじめ、色々な権利を主張してくるはずだよ」


「そうなの? 桃代さんに対しての殺人未遂があるのに、権利の主張なんて出来るの?」

「あのね、紋ちゃんは甘いよ【それは亭主が勝手にやった事だから、わたし達には関係ありません】って、開き直るに決まってるでしょう【その亭主は死の報いを受けました。だからわたし達も被害者です】って、そういう風に論点をズラして、何かしらの要求をしてくるはずよ」


「そうですか、さすがは桃代さん、色々想定してますね。それで? 乱視の人が見れば目が回りそうな、びっちりと書いてあるこの文章はなんですか?」

「だからね、あの人達が言ってきそうな事のシミュレーション。わたしが考えて、それに対しての模範解答を書いてあげたの。紋ちゃんはわたしに感謝しなさい」


「左様ですか、手間を取らせて申し訳ありません。でもこれ多すぎないか? 何冊くらいレポート用紙を使ったの?」

「大丈夫、わたしは何時いつも30冊はストックしてあるから、あとで5冊ほど買い足しておくわ」


もちろん、俺はそういう事を聞きたい訳ではない。

ももよさん、あなたの方も論点がズレてます、そう言いたい気持ちを我慢する。


桃代の親切心が嫌がらせの域に達している・・・気がしなくもないが、俺を心配して書いてくれたのだと思い読む事にした。


読み始めてみると【こんな図々しい事を言ってくるかァ?】そんな内容ばかりだった。

だが、共感出来る部分もある。

逆鱗の写真を見せて揉めたあと、俺にここから出て行けと、逆上した松慕まつぼは言った。

桃代の言うように、自分の立場を勘違いしていたのだろう。


そんな奴らは、何処どこにでもいる。

雑談の最中に、上司や社員に助言を求められただけで、自分が重要人物だと思い込み、態度が大きくなるパートのおばちゃんやバイトのにいちゃん、何度【死ねッ】と呟いたか、わからない。


納得は出来たので一通り目を通していくが、びっちり書かれたその文章、油断をすると目が滑る。

これを午後までに記憶しろって、どんな苦行なんだよ。


桃代の努力を無駄にしないように、俺は懸命に文字を追い続けて、なんとか記憶しようとする。

隣に座っている桃代は頬杖をつき、ニコニコしながら俺の顔を眺めているが、ただのプレッシャーにしか感じない。


しかし、読み進めていくと、桃代がニコニコしている理由は理解が出来た。

なんだこれ?【大きいオッパイは好きですか】って、なんで俺に対しての質問になってんだ。

こんな事を分家の連中が聞く訳ないのに。


次からのページはもっと酷い。

【わたしのオッパイと、わたしのおしり、どっちがモモ?】・・・・・なんだ、この全く意味がわからない質問? いやクイズは? 

【わたしと桃香様、どっちの方が好きですか?】・・・・・・これは、これは聞いてはいけない質問だろうッ!


後半は全て、この手の質問やクイズになっていた。

これを記憶してどうなる? 

そんな逆質問をしたいところだが、すれば先に答え合わせをさせられそうなので、イライラしながら読み飛ばして、終ったところで桃代を睨む。


「桃代さん、ありがとう。後半は意味がわかりませんでしたけど、前半は参考になりました」

「そう、良かったわ。まぁ、そんな難しい顔をしないの。いざとなれば、わたしが助け舟を出してあげるからね」


睨んだところで、桃代には何も伝わらない。

それでも、桃代が頼りになる事だけは揺るがない。

桃代に質問の答えを聞かれる前に、俺は自分の部屋に行き午後からの用意を始めた。


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