第143話 サークルの話

桃代がれてくれた珈琲を飲みながら、俺は静かに続きを聞く事にした。

あきらかに苦手そうな顔を桜子がしているからだ。


「龍神様が見た限りでは、人は居なかったんですね。では、動物とかはどうですか?熊や猿、猪や鹿、その他に小動物や鳥もです」

「うん、まあ、おる事はおるけど、どいつもこいつも、ワシに気付くと逃げて行くけぇね」


「まぁ、そうですよね。絶滅した日本オオカミの群れでも居ない限り、龍神様に襲い掛かる野生動物は居そうにないですからね」

「そういう事じゃ。猿も群れるけんど、あいつ等は基本、動物は襲わん。じゃけどオオカミは別じゃ。大昔、ワシも尻尾の先をまれた事があった。オオカミは絶滅して、ワシを襲う動物はもうおらん。じゃけぇ、じっくり見てきたで」


「龍神様、油断をしてはダメですよ。そのおごりは命取りになりかねません。現に大虎になった桜子に、ヒゲをむしられそうになったでしょう」


俺と桜子は話の先が見えず、神妙に二人の会話に耳を傾けていたが、桃代の余計な一言で、カップを口にしていた桜子が俺に向かって珈琲を吹き出した。


「どういうつもりだ桜子。なんでわざわざ俺の方を向いた!」

「げほっ、げほっ、ごめん紋次郎君。桃代姉さんに痛い所を指摘されたから」


「いいか、そういう時は下を向け。何時いつ何時いつでも俺を巻き込むなッ!」

「ごめんって謝ってんでしょう! そんなに怒らないでよ。すみません桃代姉さん、話を続けて下さい」


俺はタオルで顔を拭きながら、もう一度キツい視線で桜子を見るが、ヤツは小さく舌を出して、笑って誤魔化すと何も反省してないようだった。


「なあ桃代、もう少し、俺にわかりやすく話を進めてくれない。オイラは動物の話をされても、何が危険なのかさっぱりですぜ」

「うん、まぁ、取り敢えず、その集落の話をしておくね。その集落の成り立ち自体まだ憶測なんだけど、真貝の名前と財力を使って調べた結果だから、かなり信憑性は高いはずよ」


「あの~桃代さん。庭にあるピラミッドもそうですが、あなたは何故なぜ、そんな事に無駄に財力を使うのですか?」

「あら、無駄ではないわよ。わたしの大学での研究だからね。わたしが会長を務める、ミステリー発掘盗掘ミイラ研究会サークルでの調べ事よ」


「遊びじゃん。てか盗掘はダメだろう。その発想は改めないと、何時いつか逮捕されちゃいますよ」

「紋ちゃん、ちょっとうるさいね。あなたの為に話をしてあげているのに、わたしを非難するのはやめなさい」


「紋次郎君、話が進まないから茶々を入れないでよ」

「まったく、さくらちゃんの言う通りじゃ。紋ちゃんは静かに聞かんかいッ」


ぐッ、まわりが敵だらけ。

本当に俺の為なのか? 何時いつも俺に対する扱いが、雑な気がする。


「紋ちゃんは桃香様に、姥捨てのならわしを聞いた事があるのでしょう。飢饉の時に、口減らしをされるのは老人ばかりではないの」

「ん、だって桃香は大蛇おろちのおかげで豊作だったから、そんな事はしなかったって言ってたぜ」


「あのね紋ちゃん、それは桃香様の村だけ。例えばだけど江戸時代に享保の大飢饉がありました。冷夏といなごの害で、この辺りは酷い有様だったそうよ。悲しいけれど、そういう時に、やむなく、そういう事をする村もあったみたい」

「そうか、すまなかった。続けてくれ」


「あのね、この手の話は日本各地にあるの。収穫が終わり冬が越せないとわかれば、家族の為に自主的に居なくなる老人や、怪我や病気で働けない人達、健康だけど先天的な障害のある人達、そういう人達が強制的に連れて行かれる場合もあったでしょうね。他にも小さな子供を間引く、そういう風習もある。そういう人達は山に入ってどうなったと思う?」

「まさかと思いますが、そういう人達が集まって出来たのが、その集落跡なのか?」


「おそらくそう。でもこの手の文献は残ってないのよ。だからわたしの憶測。山に入った人間は安全な場所を目指す。もしも何処どこかに大きな洞窟があれば、そこに人が集まる。人が集まれば協力も出来る。冬を越して春になるまで、洞窟で寒さをしのぎ、木の皮や動物を食べて飢えをしのぐ、暖かくなるまで死なずに生き残れば生活の基盤を築く。いつしか人捨ての集落が出来上がる。そうなると噂を聞いて、そこを目指す人も出て来る。山陽だけでなく山陰からも集まったかもしれない」

「ももよさん、それって不味くないのか? 中には御用されるような罪人も居たかもしれないし」


「そうね、その通りよ。でも、その集落ではそういう人も重要。だって身体からだは健康なのだから、もしかして子孫を残せたかもしれない。そして、生活の基盤が出来ると、捨てられた事に対して強い恨みがぶり返す。結果、集落以外の人には攻撃的になる。だけど、もうその集落には誰も居ない。一人ずつ逃げたのかもしれない、全員死んだのかもしれない。もしも全員死んだとしたら、強く攻撃的な恨みが、その地に残っている可能性がある。だから近付かない方がいい」

「なあ桃代、その集落は本当にあったのか? おまえ達のサークルのデマ話ではないのか?」


「う~ん、本当のところはわからない。わたしも聞いた話をまとめてサークル内で討論しただけだから。その話をしたら、ワシが確かめてやるって、龍神様が遊びがてら見に行ってくれただけだし」

「ふ~ん、おい龍神。おまえは何を見て、何を感じたから、俺にヤバいって言ったんだ?」


「なんちゅうたらええかのう。なんかイヤな空気が渦巻いとる? そげな感じなんじゃ。紋ちゃんならわかるじゃろう?」

「イヤ、全然わからん。でも、おまえがとぐろを巻いてる姿は、見てて腹立つ」


「なんで? ワシはなんか嫌われるような事をしたんか?」

阿呆あほう! おまえの所為せいで、俺がヘビ嫌いなのは知ってるだろう」


「う、すまんのう、紋ちゃん。それから桃代さん、あの話はせんでええの?」

「ももよ、あの話ってなんだ?」


「あ~っ、あれね・・・紋ちゃんは伊邪那いざなさま伊邪那いざなさまの話を、てんちゃんに聞いたでしょう。じゃあ、伊邪那いざなさまのお墓が比婆山ひばやまにあるのは知ってる?」

「いや、知らない。てか、そんな神話に出て来る神様のお墓が、実際にあるの?」


「あるわよ。ただ、本当に伊邪那いざなさまが眠っているのか、それはわからない。でもシュリーマンだってギリシャ神話に出て来るトロイの遺跡を発見したでしょう。だから調べてみる価値はある。なんたって発掘盗掘サークルだから」

「おいッ、サークル名が短くなってるぞ。おまえの中では、そっちの名前が本音なんだろう」


「ま、まぁ、それは置いといて。もしも本当に、伊邪那いざなさま比婆山ひばやまに眠っているとしたら、黄泉よもつ比良坂ひらさかから戻った伊邪那いざなさまは、真っ先に伊邪那いざなさまのお墓参りをしたと思うの。そして、その近くでみそぎをして、そこでも穢れが結晶化して残っていたらどうなる?」

「やめてよ桃代さん。もしも結晶の欠片かけらを猿が吸収したら、イエティがリアルになるじゃない・・・・あっ!」


「そう、気が付いたわね。比婆ひばゴン。比婆ひばゴンは比婆山ひばやまに住むメキシコ人のゴンザレスさん。そんな、とぼけた事を言ってられないよ」

「あのな~桃代。おまえが言ったんだよ。そんな、とぼけた事はおまえが言ったんだよッ! メキシコ人に謝れ」


「あれ? そうだったっけ。まぁそういう事よ。でも本当に不味いのは穢れの結晶を吸収した獣が、恨みが渦巻く集落に引き寄せられたらどうなる?」

「え~っと、この話はもうやめにしましょう。オイラ、絶対に近付かないから、桃代も龍神も心配するな。桜子おまえは方向音痴なんだから、一人で山に入らない方がいいぞ。あと暗い夜道も気を付けろ、こんにちは桜子さんって、比婆ひばゴンに挨拶されるぜ」


「ヒッ! お願いです桃代姉さん、今晩泊めて下さい。もう暗いから、わたしは怖くて家に帰れません」


桜子の慌てる顔を見て、別に勝負をしている訳ではないが、俺は勝った気がしてほくそ笑む。

バカめッ、さんざん俺を揶揄からかった罰だ!


泊まる事になり、桜子は桃代と一緒に食事の用意を始める。

俺は龍神とくだらない話をしながら、出来上がりを待っている。


食事が終わり風呂にも入り、あとは寝るだけ。

明日、分家の連中に顛末の話をすれば、当主としての俺の役目は終わり。


俺は楽な気分で、その日はぐっすり眠れた。


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